読書感想文


文章探偵
草上仁著
早川書房 ハヤカワ・ミステリワールド
2006年5月31日第1刷
定価1800円

 ミステリ作家、左創作は小説講座の講師も引き受けて糊口をしのいでいる。そこで彼は「文章探偵」と称して受講生の文章から誰がそれを書いたかを当て、それを糸口として文章に関する注意点などを引き出していくという手法をとっている。そんな彼のもとに差出人が偽名の謎めいた脅迫状が届き始める。また、彼が二次選考をつとめる新人賞の応募作に内容が全く同じで文章の書き方が少しずつ違うものが2編送られてきた。その原稿に書かれた手口で実際に殺人が起こった時、左は「文章探偵」として応募作と脅迫状から殺人犯を推理しようとする。果たして2編の作品の作者は誰なのか。そして、殺人の真犯人は……。
 文章やタイプミスのの癖から特定の人物を絞り込み、それを推理の糸口とするという趣向が面白い。確かに書き手にはプロアマを問わずその人物ならではという文体があり、だからこそ文体模写という芸当も成り立ったりする。
 小説講座の受講生たちと講師という人間関係が緻密に描かれており、殺人の理由やバラバラ殺人という特殊な殺人を犯人がなぜ犯したかというあたりも納得のいくものである。
 ただ、私としては最後まで腑に落ちないところがあった。(それをここで書くと種明かしになる可能性があるので、文字の色を地色と同じにして書くことにする。興味のある方はテキストとして保存してから読んでいただきたい)
 それは、犯人特定のきっかけとなるミスタイプや誤変換などは、プリントアウトの段階で一度推敲すれば直せるのではないかという疑問である。小説講座の課題や新人賞の応募原稿でそういった推敲をしない書き手がいるものだろうか。つまり、この推理小説は、書き手のすべてが推敲をしないか、しても非常にずさんであるという前提がなければ成立しないのではないか。これはミステリとしては大きな穴なのではないかと、私には感じられたのである。
 上記のような問題点を除けば、ストーリー展開もスリリングであるし、細部にも様々な仕掛けがしてあり、非常に楽しめる作品なのだが。もったいないというか、残念というか。作者も編集者もなぜここにひっかからなかったのだろうか。

(2006年8月15日読了)


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