読書感想文


夢と魅惑の全体主義
井上章一著
文春新書
2006年9月20日第1刷
定価1300円

 ムソリーニ、ヒトラー、スターリン、毛沢東ら独裁者たちは自分たちの政権を一般大衆にアピールするために「建築」を活用していた。ムソリーニはローマ帝国を想起させるようなフォノ・ロマーノをつくった。建築家を志していたヒトラーは若き建築家シュペーアに自分の構想を現実のものにさせ、独自の美しさを誇る建築物を次々に建てる。軍事費を削ってでも建築に力を入れるようかというくらいに。スターリンはモダン建築に古風な意匠を付け加え、ニューヨークの摩天楼よりも重量感のある高層建築をいくつも生み出した。蒋介石と毛沢東はそれぞれ漢民族の民族意識を喚起するようなデザインの建物を人々の目につくところに建てさせた。
 著者は、これらの政権に共通するものは「革命」など古いものを打ち壊して作られたということだということを見い出す。建築物は、彼らがその政権の大きさや強さをアピールしようとしていたことを物語っているというわけだ。
 それに対して、日本の軍国主義は「欲しがりません勝つまでは」を合い言葉にしたように、建築物もバラック建築で、建築に必要な予算も戦争につぎこんでいたということを指摘する。日本の「革命」は明治維新で終り、昭和の時代には天皇を中心とした正統的な政治体制ができあがっていた。だから誇大な建築物で国民の目をひく必要はなかったのである。
 本書は、考古学が遺跡をもとに歴史を再構築するように、建築物を検証することによって、独裁政治というものの本質を明らかにしていこうとするユニークな試みである。ここで展開されている主張は著者が長年主張し続けてきたことであるが、それに対する批判に答えるという意味を持つものである。
 独裁政治に対する批判は必要である。しかし、そのイデオロギーにとらわれ、先入観で建築物を見てはいけないと、著者は訴える。そうではなく、建築物そのものを検証することによって、その建築物が訴えかけてくるものを読み取るべきだということなのであろう。
 観察ということの大切さ、そして、専門性の高いものを論じるのに必要な知識のないままにまず結論ありきで語ることの危険性を、本書は教えてくれる。そうやって出した結論が、独裁者と建築の関係性の深さということなのである。
 洞察力、説得力、ユニークな視点、大胆な推察など、歴史を見る視点を新たに増やしてくれる好著である。

(2006年9月20日読了)


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