長嶋茂雄が2度目のジャイアンツ監督をつとめたのは1993年のことであった。その折、外部からアドバイスをし、翌94年からは「編成本部付アドバイザー兼監督補佐」という肩書きで4年間徹底的に黒子に撤してジャイアンツを支えた人物がいた。その名は河田弘道。アメリカでスポーツ医学やトレーニング論を学び、ライオンズ創設の際は堤義明オーナーのもとで野球ビジネスに関わる。その後テレビ局などで仕事をしていた際、番組の制作で長嶋の知遇を得、その理論をかった長嶋がアドバイザーとなるよう依頼した。
河田はジャイアンツというチームにコンディショニング理論を取入れさせ、さらに長嶋にフロントの権限も持たせてチーム改革を進めようとした。特に編成部門の整備を大きく改めようとした。河田は長嶋に対するアドバイスを自宅のFAXに送り続けた。ジャイアンツに巣食う反長嶋派や自らの保身しか考えていないスタッフに河田のアドバイスがもれないようにである。その全貌を著者は「Gファイル」と名づけ、そこに書かれている内容に、河田への取材や様々な資料を突き合わせ、メークドラマ、メークミラクルと長嶋が呼んだ大逆転優勝の舞台裏を明らかにしていく。
河田は結局長嶋に裏切られるような形となり、そのもとから離れていく。河田が推薦したコンディショニングコーチやチームドクターもまた球団を去り、ジャイアンツは定見のないチーム編成のもと、凋落の道をたどることになるのである。
著者は河田弘道の視点から本書を書き進めていく。したがって、河田という人物がいかに献身的に長嶋に仕えたかということが強調されている。しかし、自分の存在というものを隠すというやり方は、果たして本当に改革を進めるのに適した手法だったのだろうか。最初からその存在を明らかにしてしまうと、既得権益を守ろうとするフロントたちにつぶされてしまうから、というのは確かにそのとおりだろう。しかし、その時点で外部のブレーンによる改革は成功できない組織だということはわかっていたともいえる。
本書で明らかになるのは、そのような欠陥を持つジャイアンツという組織の問題点とともに、長嶋という人物が実はエゴイストであるという事実である。長嶋を信奉していた河田も、最後に、改革よりも自分がジャイアンツのユニホームを着続けていたいという長嶋の欲望を知り、離れていくのである。
「黒衣の参謀」などという不可解な役目がまかり通ってまうということが信じ難いことである。そんな人物さえ必要としてしまうジャイアンツという球団が球界の盟主などとふんぞり返っていたということにやりきれない思いがするのである。
(2006年10月14日読了)