著者は元衆議院議員で、政策秘書給与流用事件で実刑判決を受け、獄中生活を送った。そこで著者は知的障害者や聴覚障害者が服役しているという実態を見る。彼らの多くは初めての服役ではなく、何度目かの入獄であることがわかる。知的障害者の多くは微罪を繰り返し、改悛の色なしとして服役しているのだった。著者は刑期を終えたあと、そういった障害者の犯罪について調査を始める。
例えば「レッサーパンダ帽の男」による犯罪として知られる刺殺事件は、自閉的傾向のある知的障害者がパニックを起こして犯した事件ではないかと推察する。しかし、事件調書を調べると、被疑者は実に理路整然と自白をしているのである。明らかに被疑者の知的発達段階出ではできないような自白を、である。
また、微罪で勾留された知的障害者が連続強盗事件の被疑者として起訴された事件(これは真犯人が別に現れ無罪であることがわかる)では、その被疑者の「養父」が暴力団組員で、複数の知的障害者と養子縁組をし、後見人の立場で障害者年金を着服していたことが明らかになる。
知的障害のある売春婦は、セックスをしている時、その客だけが自分を人間扱いしてくれたと感じていたと答える。福祉施設では彼女は施設の人間と自分が対等の関係だと感じられていないのである。
聴覚障害者たちは、自分たちの間だけの狭い世界の中で生き、聴覚障害者だけで構成された暴力団が、やはり聴覚障害者から金銭を脅し取ったりしているのである。
著者の取材した服役中の障害者の多くは、刑期を終えて出獄したあと、行き場がない者が多い。彼らは一様に言う。「ここ(刑務所)が一番居心地がいい」と。前科のある障害者を受け入れてくれる施設は少なく、福祉のケアを受けられないままホームレスとなる者も多い。グループホームで他の障害者と生活し、廃品回収で生計をたてていた障害者が、廃品とそうでないものの区別がつかずに回収し、窃盗罪で逮捕されまともに申し開きのできないままに再度実刑判決を受けるというケースさえある。
なにがバリアフリーだ。何がノーマライゼーションだ。何が障害者自立支援法だ。ある経済学者は「社会的弱者」はそういう概念をつくったから生まれたものだとその著書で広言していたが、このような実態を知っても同じことが言えるだろうか。
私自身、養護学校での教え子が在学中に放火事件の犯人として取り調べを受け、長期にわたる取り調べの結果自白してしまい、卒業式にも出られず少年院に送られたという経験がある。障害者への配慮が取り調べにあたってなされたかどうか。私は今でもその教え子が誘導されるままに自白したと考えている。
著者は、障害者をとりまく状況を情に流されることなく直視し、「福祉」のあり方を問い直す活動を続けている。受刑経験が政治家としての著者に大きなテーマを与えたのである。もし議員として返り咲いた時、著者はこの問題に関して尽力するに違いない。
それにしても、本書であげられた事例には、暗胆たる思いを禁じ得ない。このような実態が放置された社会は「美しい国」とは決していうことができないということを強く感じるのである。
(2006年10月15日読了)