小泉純一郎首相は、東京の日本橋を隠している首都高速を地下化して、景観を美しくする構想を発案した。しかし、建築史を専門とする著者は、この構想を否定する。首都高速が破壊した景観とは、明治以降に造られた西洋建築の模造品である橋に過ぎず、逆に、海外からの視点では首都高速こそが未来社会すら想像させる独自の景観となっているのではないか。著者の指摘は、秩序正しく統制されていればそれで美しいという単純な論法に真っ向から切り込んでいく。道の上にはりめぐらされた電線でさえ、消費者金融の看板に埋め尽くされた雑居ビルでさえ、視点を変えればそこに美を感じとることもできるのである。
著者は、アニメ映画「イノセンス」で描かれた中華風の未来都市を論じたかと思うと、独裁者によって整備された平壌の景観に小泉首相や石原都知事が夢見る「美しい都市」の姿を重ね合わせてみる。現代から未来へと続く景観のあり方を、現在の混沌とした状況の中から見い出そうとするのである。
井上章一は、ヒトラーやムソリーニ、そしてスターリンや毛沢東が作り出そうとしたユートピア都市から、人工的な美の究極の姿を透かし見た。そして著者は、「美しい都市」が「安全な都市」とリンクし、その「安全な都市」は「過防備都市」という人々が監視され管理される都市なのだと指摘する。
都市の景観を通じて、社会のあり方を考えるという、独自の視点が面白い。建築物は時代をはっきりと示してみせる。美しく整備され過ぎた都市の恐ろしさとひきくらべたら、混沌とした猥雑な都市の醜さなど何ほどのものではないのだと思わされてしまう、説得力のある一冊である。
(2006年11月12日読了)