人気ハードSF作家の日本オリジナル短篇集第3弾。
インプラントを使用して脳に拘束をかけ、自分の意志を自分の望む形に固定する「行動原理」。幾度かの結婚で失敗した二人の男女が、再婚した時の気持ちをいつまでも持ち続けたいとインプラントを使用する「真心」。別の数理が働く世界と自分たちの世界のせめぎ合いを描く「ルミナス」。他人から奪ったパッチを自分にあてることにより、自分がすべてを決め得る決断者になったと自覚する男の物語である「決断者」。最高のテクノロジーを使用してお互いの気持ちを近づけようとするカップルを描く「ふたりの距離」。驚くべき発明を次々とくり出す男と対立する学者との葛藤と、その男の運命を変えた理由を細密に描く「オラクル」。子どもを流産してしまった学者夫妻がAIを使用した”子ども”を作ろうとするまでの心の揺れと、その子どもを待ち受ける苛酷な環境を描く「ひとりっ子」の7編を収録。
小説の面白さを犠牲にしてまで、作者は設定の細密な説明にこだわる。物語が展開し出してからも、その設定と物語の展開に矛盾がないことを示すために、半端な省略は行わない。それはそれで貴重な姿勢であると思うし、そういう小説を楽しいと感じる人も多いのだろう。本書に収められた作品の多くは、日本のSFファンの投票で決まる星雲賞やSFマガジン読者賞を受賞しているからである。
しかし、私は、多少の矛盾があっても物語の力と勢いで押し切る小説を好む。物語が進んでいく流れを楽しむ。むろん、矛盾が気になってしまうような小説は困りものだけれど。けれどもそれは物語そのものに力も勢いもないからなわけで、「物語の面白さ」を放棄してまで理屈にこだわってほしいと思っているわけではないのだ。
というわけで、作者の魅力は科学的なアイデアを基盤にしてどんどん展開される奇想的な事象にあると思うし、それは私にも楽しめる性質のものだけれども、「物語の面白さ」を放棄してしまったかのような流れの悪さだけはなんとかならんかと思うのであった。
一番ズンときたのは「ふたりの距離」か。なるほど、互いの考えを知りたいと思っても、限度というものはあるのだよなあ。男女の中というのはミステリアスだからこそ面白いのだから。その機微をわからぬ主人公たちに対する皮肉、これが効いている。「真心」の不安を抱えた夫婦の心情もいい。でも、寄せては返すように互いの関係が動いていくのが夫婦のおもしろいところで、そこを放棄して何が面白いのという、これも皮肉の効いた話でいいなあ。それでいくと「ひとりっ子」の夫婦は夫婦であることと学者であることのどちらを優先させるかというこのせめぎあいがよく描かれている。選んだ結果にくよくよするのが男で、選んでしまったら腹を据えるのが女というのは、洋の東西をとわないようです。
ああそうか。男女の仲にハードSF的アイデアを投入したものに私は面白さを感じているのですね。なるほど。
(2006年12月31日読了)