第38回吉川英治文学賞受賞作。
中国北宋時代の初期、異民族の北方軍事国家である遼の軍と戦い続けた無敵の軍人がいた。その名を楊業という。「楊家将演義」として中国では古くから京劇の題材などになり多くの人々に親しまれてきた楊一族の物語は、しかし日本では「三国志」や「水滸伝」ほどにの知名度も人気もない。私も恥ずかしながら楊業については全く知らなかった。作者は、あえてそのような知名度の低い物語を骨太の歴史大河小説として完成させた。
楊業はもともと北漢に仕えていた武官であったが、彼の名声をそねんだ文官たちや王にうとまれ、ついには北宋に寝返ってしまう。もともと軍人として戦いに生きるしかない男であり、その7人の息子たちもまた軍人として非凡な才を持っていた。外様であるということから、戦いに勝つことでしか宋の皇帝の恩にむくいることのできない楊業は、遼の将軍である宿敵耶律休哥とあくなき死闘を繰り返す。冷めた目で戦争をとらえる四男の四郎、調練では結果が出ないが実戦では果断な戦い方をする六男の六郎など、7人の息子たちも耶律休哥との戦いでそれぞれ戦の厳しさを体験し、成長していく。
戦う男たちの孤独、そして戦うことの意味、人として成長することの重みなどが、多彩な人物群像を通じてみごとに描き出されていく。特に楊一族は外様であるがゆえに軍の中でも最も苛酷な場所で常に戦わされる。それでも彼らはそれを自分たちの存在意義としてとらえる。宋の朝廷内での人間臭い内部抗争との対比で、戦う男の美学はよりはっきりと浮き上がってくる。ハードボイルド小説のトップランナーとして長年人気を保ってきた作者らしい物語である。
下巻では楊一族と遼軍、特に耶律休哥との死力を尽くした戦いがどのように描かれていくのか、どのような結末が彼らを待ち受けているのか、楽しみでならない。
(2007年3月2日読了)