著者はプロのマジシャンである。つまり、人を騙していくらという仕事を稼業としている。だから、人を騙す心理的な手法に通じている。本書はそんな著者が心理的トリックをいくつか読者にしかけた上で、詐欺師やインチキ宗教家がに騙されないためにはどういう心構えが必要かを説いたものだ。
さまざまな「ひっかけ」の手口を披露した著者は、「人間は信じたい生き物だ」という言葉を紹介する。自分が見たものは、たとえそれが錯覚や誤解でも一度信じたら信じ続けたいという心理が誰にでもあると、著者は説く。また、トリックにひっかかった人はその「奇跡」を声高に主張するが、ひっかからなかった人はそのことについて吹聴することはほとんどない。だから、「奇跡」は人から人に伝わり「真実」にされてしまう。
昔読んだ「小説吉田学校」(戸川猪佐武)で三木武吉の言葉として「嘘も繰り返して言えば本当になる」「誠心誠意、嘘をつく」というものが書かれていた。私は本書を読んでその言葉を思い出した。「寝技師」と呼ばれた政治家はまさに心理的トリックを実践していたというわけだ。本書にも同様の言葉が何度も登場する。
著者は騙されないためには想像力を働かせることだと説く。硬直した思考や固定観念は心理的トリックの餌食となり、柔軟な発想こそが目先のトリックから身を守るというわけである。
著者の職業がら、文脈は意識的にあいまいな表現が使われ、あげ足を取られないような書き方がされている。そのため最初の部分は著者のいいたいことが何なのかつかみにくかったりするが、読み慣れてくるとその真意も伝わってくるようになる。さらに後半はかなりずばりと真意を書くようになる。マジックの心理的トリックがそのまま詐欺の道具として使えるかどうかは素人の私にはわからないけれど、そのテクニックの根本に共通したものがあることは事実だろうと思わせる。
著者は嘘をつくなら騙した方も騙された方も楽しくなるようなものであってほしいという。「騙すこと」を生業としている著者ならではの思いがそこに要約されているといっていいだろう。
(2008年1月11日読了)