ぼやき日記


7月1日(土)

 画家の三尾公三さんの訃報に接する。享年76。
 三尾さんというと週刊誌「フォーカス」の表紙を創刊以来描き続けてきたことで知られてるけれど、もちろんそれだけの人やない。30年も前にエアブラシを使うて独特のタッチで女性像を描き続けてきた。今やったら、写真をスキャナーでとりこんでパソコンのソフトで加工したら同じような絵は描けるやろう。そやけど、三尾さんはモデル女性のポートレイトを計算してずらし、エアブラシのみで立体的に描いた、いわばその方面の先駆者の一人というべき画家なんである。
 高校時代、私や漫画家のおがわさとしさんが入っていたクラブの顧問のT先生が三尾さんと美学校でいっしょやって、三尾さんのことについていろいろと教えてくれはった。「三尾公三はな、S商業で初めて『商業美術部』を作ったりしたんや」。そのT先生はもっと早くに亡くなってしまわはった。ともかく、そこから私は三尾さんの絵に関心を持つようになり、その作品展を見に行ったりもした。フォーカスの絵からは想像できない大きなサイズの絵で、壁いっぱいに立体的に描かれた絵に、まだ十代やった私は打ちのめされるような感動をしたものである。
 ただ、いち早くコマーシャル・アートに進出をしたりするなど当時の画壇では異彩を放った分だけ、評価も分かれたみたいやった。
 私の同僚で、芸大時代に三尾さんに師事した美術の先生がいる。今日は、その先生と三尾さんについて話をしたりしていたけれど、芸大を離れてしばらく他の大学に呼ばれるまでは、「フォーカス」の表紙だけしか仕事をしていない時期もあったという。「先生はやることが早すぎたんや。今のコンピューターソフトがあの頃にあったら、先生はもっともっとすごいことをしてはったと思う」とその先生は悔しがってはった。
 私もそう思う。早く生まれすぎた天才。それが三尾公三さんではなかったか。
 謹んで、哀悼の意を表します。

7月2日(日)

 今日は誘われてテノールのウィリアム・マテウッツィとソプラノの鈴木晴美のデュオ・コンサートに行く。ご招待券がたくさん手に入ったということなので、ただで世界的なテノールのコンサートに行けるんですから、こんなにありがたいことはない。というわけで、「京都コンサートホール」に。
 マテウッツィはベル・カントのテノールでハイFという高音をあやつるので評判。今回は愛弟子との協演で、それほど高音を響かせるような曲が少なかったんで残念。全般に鈴木晴美を引き立てるような感じのプログラムになっていた。
 鈴木晴美という歌手は新人で、こちらから見ていてもめちゃめちゃ緊張しているのがわかる。ピアノ伴奏の小谷彩子という人の方をすがるように見ていた。歌声は素直やけれど、発音が甘く、唯一の日本の歌曲「からたちの花」も歌詞が判然としない。イタリア人のマテウッツィが歌うた「初恋」のほうがはっきりと日本語の歌詞が聞き取れたくらい。高音の抜けが悪く、痛々しい。ところが、アンコールになって肩の力が抜けると、高音もようのびてるやないですか。場数を踏んだらけっこう売れっ子になっていくかもしれへんな。
 こういう新人の日本人歌手はたいてい海外のコンクールに出て賞を取ったりすることで一気に知名度が上がったりするからね。これからは新聞記事に気をつけておくことにしよう。
 しかし私は声楽やオペラについては不案内なんやけれど、誘ってくれはった方によると、ベル・カントの歌手やのにそれを生かしたプログラムやないとのことで、確かにときおりよく響く高い声を出すんやけれど、パヴァロッティみたいに「どうや、俺はこんなに声が出るんやぞ」というような歌は歌わへんかったな。そこらあたり、マテウッツィはあんまり商売上手やないみたいやね。

7月3日(月)

 <bk1>の書評のために「虚無回廊」の3巻目を読まんならんのやけれど、昨日京都では見かけへんかった。なんやまだ出てへんのかいなと思うてたら、担当のM氏からメールで「もう出てますよ」。なんですて。そらあかんやないか。パナソニック市には大きな書店があらへん。仕方ない。勤務先の近く、大阪府エキスポ市の江坂近辺の書店を探すことにする。締切は既に過ぎてますねん。それがまだ本を入手しておらんとはどういうことですか。
 まず、新刊書が充実している少し大きめのK書店に。なんぼ探してもあらへん。店員さんにきくと「仕入れてませんね」と申し訳なさそうに答える。仕入れろよ。今日私が行くことはわかっておったでしょう。そんなんわかるわけないですか。そこを予知能力かなんかで、ねえ。次にユニークな在庫を誇るL書店に。ここにもあらへん。店員さんにたずねてみる。店員さんはパソコンで検索したけれど、「仕入れてないです」と冷徹な返答。コンピューターで検索せんとわからんのか。仕入れておけよ。最後に「東急ハンズ」の中にあるチェーンのA書店に。ここはまずないと思うて行く。やっばりないよ。念のために店員さんにきいてみる。「あ、それだったら1冊入ってましたよ」。なになに! ほんまですか。「あ、棚にないですね。売れてしまったみたいです」。わあ、私の買うはずの本を買うたのは誰や。「虚無回廊」の最新刊を買うとはよほど見識の高い読書人かきちんとしたSFファンがいるに違いない。もしかしたらその近くに勤務するという作家の江坂遊さんか? 誰でもかまわん。先を越された私が悪い。
 しかし、困ったなあ。なんで「虚無回廊」を仕入れてないのや。角川春樹事務所の営業さん、がんばってえな。明日の夜は所用で出かけるので大きな書店をじっくりまわらんと仕方ないな。こういう時こそ<bk1>が開店していてほしいね。オンラインで注文したら、その日のうちに届けてくれるというやないか。いやまてよ、<bk1>の書評用の本を<bk1>で買うというのはなんか本末転倒のような気がするぞ。それにオンライン書店で本を紹介するのに実際の店舗を探し回るというのもなんか変な感じがするなあ。
 とにもかくにも、どこにあるんや「虚無回廊」。明日見つからなんだらほんまに困るぞ。

 というわけで、明日は所用で遅くなります。更新はお休みします。次回更新予定は水曜の深夜です。果たして「虚無回廊」を手にすることができたかどうかは、その時のお楽しみ。

7月5日(水)

 いやいや「虚無回廊」の3巻、無事手に入りました。しかし京都の「ジュンク堂」でも新刊やのに平台でなく棚に1冊だけしか置いてなかった。よほど部数が出てへんのかな。東京方面では既に古本屋に出回ってるという情報が届いたというのに。なにはともあれ、これで書評が書ける。その前に読まなならんか。そこに気がつかなんだとはあさましや。

 京阪神では昨日今日と連日の夕立。稲妻は光る、雷鳴は轟く、派手な雨やった。こういうのを犬と猫がいっしょに降ったような雨というんやね。変な雨やな。なんでもアメリカではこないに言うと学校で教わった。なにも日本語で言わんでもよろしいか。
 今日は原チャリに乗っている最中にぽつぽつときはじめたんで、こらいかんと思うて必死になってとばしたら、幸い雨にはあわなんだ。家に帰ったら地面がどぼどぼに濡れている。妻にきいたら大雨が降ったらしい。私の原チャリはうまいこと雨雲とすれ違いになったみたいやね。
 昨日はそういうわけにはいかへんかった。所用で京都まで行ったんやけど、バス待ちをしている間にぽとりと降りかけてきて、バスに乗ったとたんにざざ降り。バスに乗ってる間はええけど、雨がやむまでずっとバスに乗ってるわけにはいかへん。目的地の近くにハンバーガーショップがあったんで、夕食と雨宿りを兼ねてそこにはいることにした。これがバス停からそんなに離れてへんのにちょっと走っただけでもすぐにずぶ濡れになる。雨がやむまでそこでハンバーガーを食べてたんやけれど、高校生の女の子たちが6人ほど近くに座ってた。雷が鳴るたんびに「いやー」「きゃー」「ひゃー」「ぎょえー」。雷の音よりも彼女たちの声の方がよっぽどうるさい。あれはたぶん一人だけやったらあんな声は出さんと思うね。複数いてるから相乗効果で感情がたかぶってああなるのかな。もしかしたらお互いひそかにライバル心を抱いていて「あの子があんな声を出したんやから、私はもっとすごい声を出そう」と思うてだんだん悲鳴がエスカレートするんと違うかな。一番えげつない声を出した子なんか、内心で「勝った!」とか思うてたりしてね。それはないか。
 ともかく、この雷雨で梅雨明けと違うかな。完全に夏の雨やからね。これからずっと暑い日が続くんやなあ。汗かきの私にはなんぎな季節になってきた。

7月6日(木)

 今日、サンテレビでタイガースとカープの試合を見ていたら、ゲストの山城新伍さんのコメントがなかなか面白かった。「最近の野球選手は自分のことを『ワシ』と言わんでしょう。『ワシ』という一人称の似合う選手がおらんようになりましたな『ワシ』でも『タカ』でもいいから出てきて欲しいですね」。西澤アナウンサーが「阪神では川藤さんが使ってましたね」と言うと、「あれは『ワシ』の剥製みたいなもんや」。こういう言葉がぱっと出てくるところはうまいものです。
 「阪神の選手は幸せですよ。どんなに負けてても最後までファンが球場から帰らん。巨人のファンなんか薄情ですよ。東京ドームで見てたらね、7回くらいで負けてたらさっさと帰りよる。あいつらは10対0の試合でも勝ってたら喜びよる。試合の内容は関係ない」と巨人ファンは「あいつら」扱いだ。山城新伍というキャラクターができあがってるからここまでボロカスに言えるのかもしれへんけど。そうか、巨人ファンはそんな薄情ですか。
 しかしこれはサンテレビという関西ローカルのUHF局の番組やからここまで言えるということもあるやろうね。全国ネットやとここまで好き放題はでけんでしょう。それにタイガースとカープの試合なんかジャイアンツのファンはわざわざ見ませんわな、普通。こういう放送を他の地域のタイガースファンの人たちにも見てもらいたいなあ。日本テレビのジャイアンツ中心の中継やと、どんなに負けててもジャイアンツの話題しかしないし悪いところもあんまり指摘せえへんけど、関西ローカルのタイガースの中継は試合内容が悪かったらそこはずばずば突っ込むからね。それだけタイガースに対する愛情が込められてるという感じがする。まあ、そういう本音をどんどん言うていくとこらへんは、関西人気質というところかもしれへんね。

 明日は所用のため、更新はお休みします。次回更新は土曜の深夜の予定です。

7月8日(土)

 昨日は七夕。私は職場の飲み会。台風が近づいてて星もなにもあったもんやなかったけれど、風邪気味やったからちょっとお酒を飲んだら頭の中が「おーほしさーまきーらきら」状態になってしまいました。体調を考えて飲めよ。
 それはともかく、七夕の行事を新暦でやる習慣はおかしいと思うね。もともと旧暦でやっていたからこそ、季節的にも晴れやすく星が見えやすいのと違うのか。それを日付だけそのまま新暦に移してやるから毎年「今年の七夕も星はあまり見られないでしょう」と気象予報士が言う事になるのと違うかな。この時期は毎年梅雨が明けるかどうかというぎりぎりの時期やから、そんなに都合よく晴れてくれはしませんよ。今よりも自然に密着していた昔の人たちがそんな時期に星祭りをするわけがない。旧暦でやってこそ、天の川も牽牛も織女も美しく見えるというものやないかな。
 関西地方は伝統を守ってちゃんと旧暦でお盆をする。それやったら七夕も旧暦でやったらどないやろう。子どもも大人も虚心坦懐に星を見つめるという美しい行事を、自然の摂理に逆らって新暦に合わせてやり、その結果星が見えへんと毎年なげくのは実にもったいない。そう思いませんか。
 もっともスモッグと夜の灯りの多い大阪ではあんまり美しく星を見ることがでけへんのやな。あ、旧暦にしたら子どもは夏休みで田舎に遊びに行ったりしてるから星もよく見えるぞ。やっぱり旧暦の七月七日に七夕をもどすべし。
 しかし、やっぱりこのネタは一日遅れでやるとタイミングが悪いなあ。実際に読まれるのは二日後やったりするからなあ。

7月9日(日)

 今日は朝から団地内の草むしり。5月に続く今年度2回目の共同清掃であります。
 5月にかなり根こそぎむしったはずやというのに、早くも雑草は勢いよく繁っている。え? 自然界に「雑草」などという種の植物は存在しませんか。どんな草にも名前はあると。牧野富太郎みたいなツッコミはなしにしてね。ならば人間の生活に特に必要ではないので除去してもすぐに繁殖する生命力の強い植物が勢いよく繁っている、これでどないだ。名前がわかるのはエノコログサくらいです。他はわかりません。
 とにかくこれがわずか2ヶ月の間にどんどんと勢力範囲を広げておるのだ。この生命力の強さにはその植物に「なにがなんでも生き延びてやるぞ」という意志みたいなものを感じるね。実際にエノコログサが意識をして「俺はこの土地に生えるんや」と考えてるわけやない。遺伝子にそういう「意志」が記憶されてるかのようだと、そんな気がするくらいということ。
 しかし草むしりをしておかんと蚊がこの茂みの中に隠れたりしてるんで、こっちも負けてられへんのです。おうこらおまえらええ根性してるやんけ、かかってこんかい、てな感じでむしっていく。蚊の生命力も強いなあ。なんぼぶったたいて殺しても次から次へと現れる。負けてたまるかと叩きにかかるんやけれど、私の運動能力よりも蚊の生命力の方が強いらしく、じきに逃げよる。
 しかし、生物の「生きる意志」にはほんまにまいった。おかげで清掃終了時間の前に私はもうグロッキー寸前になってしもうた。いや、まいりました。
 ところで、茂みの中から「雪印低脂肪乳」の紙パックを発見してしもうた。この牛乳を飲んだ人はどうもなかったんやろうか。なんで団地の茂みの中に1リットルの紙パックをほかすかね。

7月10日(月)

 洋菓子のナガサキヤが会社更生法申請というニュースには驚いた。ちょうどお中元の季節で、私も進物にはよく利用しているメーカーだけに、この時期の倒産というのはかなり深刻な状況やったんやろうと思う。高級路線だけやなしにポケモンのキャラクターを使用したお菓子も販売してたのにね。とはいうても中心は進物用のお菓子やったわけで、こういう商品の売れ行きが鈍っているのなら、GDPがどうなろうと景気はまだまだ悪いということの大きな証拠やないかね。
 経済企画庁の長官がGDPの数字が伸びたから景気は底を打って回復に向こうているというた時に、そんなのは数字のマジックと違うかと思うたね。最近妻とよくアルバイトのチラシを見るんやけれど、だんだん時給は下がる労働条件は悪くなると、GDPの数字よりもはっきりと景気の指数になってる。
 私は不況に強い公務員であるけれど、景気が悪いとやっぱり人事院勧告も数字は低い。定期昇給はストップしたままやしボーナスも少しずつカットされている。財政が悪化しているんやからそれはそれで仕方ない。民間企業はもっと苦しいんやとわかってはいるけどね。そやけど民間がバブルでわいてる時にもそれほど大幅に給料は上がらんかったし、景気が悪うなったら給料は上がらない。身分が保証されているというけれど、教員はあまっているから今後は公教育にも人員整理の動きがないとは限らん。
 わあ、なんで今日はこんなじとっとした話題になってしもうたんや。月曜からプール指導でへろへろになっているからかなあ。いきなりナガサキヤの倒産なんて話題を持ち出すのがいかん。明日はもっと希望に満ちた明るく楽しく元気な話題でいきます。そうだ、ポジティヴ・シンキングだ脳内革命だ。あの本を書いた医者は今頃なにをしてるのやろか。最近名前を聞かへんけど。船井なんとかという人も最近影が薄いですね。あれは「ポジティヴ・シンキング・バブル」やったんかね。


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