ぼやき日記


2月23日(土)

 21日の木曜日は、高等部3年生の「お別れ遠足」で大阪映画村こと、USJに行く。ユナイティッド・ステイツ・オブ・ジャパンの略やなく、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンであります。生徒の行きたいところを中心にまわったんで、ターミネーター2もバック・トゥ・ザ・フューチャーも行かれず、ジョーズとスヌーピーとETとウェスタン・スタントショーとアニマル・アクターズ・ショーを見てまわる。ジョーズとETはなんかちゃちくさく、スヌーピーはいかにも小さい子ども向け。私はやっぱりスタントショーやアニマル・ショーのようなライヴものに面白さを感じたな。そこに『芸』があるもんやと、素直に拍手を贈る気になる。ジョーズのナビゲーターのお兄さんは、芝居が下手すぎたな。まあ、つまりは遊園地ですからね。どうせなら、京都の東映太秦映画村みたいにほんまもんの撮影をしたらええのに。本物に勝る面白さはないと思う。
 新大阪の駅で解散したあと、いったん家に帰り、手早く着替えて再び新大阪へ。翌日の22日金曜日にある千葉大学教育学部附属養護学校の公開研究会に参加するためにどうしても前泊せなならん。自分が思うていた新幹線「ひかり」に乗れず、30分でも早く着きたいがために「のぞみ」に乗る。その30分のために2300円ほど追加料金を払う。まさに時は金なりを地でいっておるね。東京に着いて総武線の快速に乗り、千葉駅前のビジネスホテルにとびこんだのが23時30分頃。とりあえず風呂にはいる。気温が一気にあがったもんで、汗だくですわ。自分が汗かきやということを久々に思い出させてくれた。ホテルの部屋に入っていた広告が、ロシア人ホステスのいるバーのもの。「素敵な夜をお過ごし下さい」やと。私にとっての「素敵な夜」は、とにかぐっすり寝ることであります。ロシア人ホステスなんかどうでもよろしい。
 翌朝、そそくさとチェックアウト。千葉駅前の回転すし屋で朝定食を食べ、稲毛駅まで電車に乗り、そこからバスで千葉大附属養護学校へ。作業学習を参観したあと、分科会でディスカッション。教科にしばられずに作業学習を通して総合的な力をのばす、という理想的な実践をおこなっているのはようわかりました。それは国立大学の附属やから様々な制限なしにできることやということなんやけどね。そういう恵まれた環境でできる理想的な指導が他の学校にあてはまるわけやない、というあたりをどう考えてるのか、もう少しつっこんで聞いてみたかったけど、時間切れ。大学名誉教授の講演を聞いて、研究会は終了。参考のために何冊か実践研究の書籍を購入。同じ環境は作られへんでも、いろいろと考えるヒントはあるはず。それからチャーターバスで西千葉駅に。総武線を乗り継いで快速列車で東京に。早川書房に寄り、「S−Fマガジン」S編集長と原稿の打ち合わせ。それから堺三保さんと待ち合わせて、引っ越したばかりの新居にお邪魔する。「SFオンライン」最終号の入稿を催促する電話の横で、なんの責任もない私はコーラをぐびぐびのみながら、本棚をながめたりする。人の本棚というのは、なんでこんなに興味深いんかなあ。堺さん宅で寝かせてもらい、朝はいっしょに喫茶店でモーニングを食べてから別れる。帰りの新幹線は「ひかり」。ただし、喫煙車の指定席がない。なんでやねん。たいてい禁煙席からうまるんと違うんかとぼやきながら禁煙席をとる。喫煙車両のデッキに移動してタバコを吸う。なんで喫煙席がいっぱいか判明した。修学旅行の団体が喫煙車を占領しておるんでありますね。それって教育上問題あるんと違うの。高校生に喫煙席に座らせ、タバコを吸いたいおっさんは禁煙席やて。なんかおかしいぞ。
 というわけで、ドタバタと忙しい3日間でありました。家に帰った時はほんまにほっとした。まあ、予定してたことが全てうまくいってやれやれの関東旅行でありました。

2月24日(日)

 昨日の日記は誤字が多かったですね。気がついたところはなおしましたが、うーむ、疲れはそういうところにあらわれるのでありますね。今日は気をつけよう。

 アニメ『おジャ魔女どれみ どっかーん』では、前シリーズまで赤ん坊やったハナちゃんが一気に大きくなって小学6年生である春風どれみたちのクラスに転入するというシチュエーションがある。ハナちゃんはみかけは6年生でも精神年齢は赤ん坊のままなんで、どれみたちが思いもよらない行動をとって失敗を繰返す。どれみたちが言葉で説明してもハナちゃんには通じん。それを理解するほど精神的に成長してへんからやね。
 これを見て、私は今の自分の仕事に思いを寄せてしまう。知的障害児とは、まさにこのハナちゃんのような発達バランスのかたよりのある子どもたちのことをいうからなんです。見かけは高校生やっても、理解力や生活力、精神年齢は幼稚園から小学校高学年程度、それも生徒によりばらつきがある。
 ハナちゃんの場合は、そのバランスの悪さをエピソードを通じて一気に成長させるということになるんやろうけど、現実の障害児はそういうわけにはいかへん。亀の歩み、いや、カタツムリの歩み、というくらいのスピードで成長はするけど、周囲とのギャップは完全には埋まらへん。
 さらに問題となるのは一般の人たちが、知的障害児に関してその実態を知らないということやね。そのために、彼らは社会生活を送るのにいろいろな場面でうまくいかへん。実はハンディキャップというのは彼らにある発達の遅れのことやなく、それを受け入れることがでけへん社会そのものにある、というのが現在の障害者観なんであります。
 それにしても、ハナちゃんが教室でとんちんかんなことをしてたら、現実ならば担任が保護者を呼び出して「児童相談所で知能検査をうけて、養護学級に入れた方がいいのじゃないでしょうか」と懇談するところやろうね。まあ、アニメではそんな場面はいれられへんやろけれど。
 『おジャ魔女どれみ どっかーん』は、ハナちゃんの発達のバランスのかたよりをかなりうまく描いている。そして、私はそれを見て思わず身につまされたりするんでありますね。

2月25日(月)

 一昨日の日記、まだまだ誤字かありました。今度こそちゃんと直したぞ。なんかもうわやくちゃですわ。

 ビデオを見るため巻き戻していたら、冬季五輪の閉会式をやっていた。アイスダンスをするスケーターが写っている。その上に字幕がでている。
目を離さないで 聖火が突然消えます」。
 アイスダンスにはさまって赤々と燃え上がる聖火が画面をかざる。アップで写してるんである。そやったら何も字幕で予告せんでもええやん。ああ、この火がすっと消えるんやなあ、まだ燃えてるなあ、あ、消えた。これでは何もおもろない。演出のねらいを全部殺している。聖火が消えたら、今度はボン・ジョビがどうしたとかいう字幕が現れた。そうやって、台本に書いてあることを先に先に視聴者に教えることがサービスやと思うてるんかいな。
 よけいなお世話ですわ。ま、そこで台本と違うことが起きたらハプニングとしてはおもろいけど。そやけどそれは本来の実況中継の楽しさとは別物やろう。
 まあ特に閉会式を見たくてテレビをつけたわけやないんで、すぐにビデオを見はじめたけどね。それにしてもあの字幕は実にめざわりやった。スポーツ中継はバラエティ番組やないぞ、日本テレビ。さすが野球中継で「8時の男」なんぞというつまらん「ファンサービス」をする放送局だけのことはあるわい。

2月26日(火)

 風邪かアレルギーか、鼻の調子がすこぶる悪く、寝ている間に口を開けてしまうせいかのども痛い。この季節は毎年そうやけど、寒い日が続いたかと思うと急に暖かい日が続いたりするのでホメオスタシスなるものの調子がおかしくなってしまうのかもしれへん。ま、素人考えで決めつけてはいかんのやけど。
 それにしても、年々花粉アレルギーの種類は増えていきますなあ。なんでやというくらい増える。私が子どもの頃はブタクサの花粉がアレルギーを引き起こすというのしかなかったように思う。スギ花粉のアレルギーが話題になりはじめたのは何年くらい前のことやったかしらん。20年とたってへんのと違うやろうか。
 二代目桂枝雀師匠の落語のまくらで、病気の種類が増えたのは新しい病気が発見されたせいやなく、これまであった病気の分類が増えただけやというのがあったのを思い出した。
 なんでもかんでも「風邪」ですましていたのが、鼻炎やとか咽頭炎やとかその他もろもろの症状に分類され、さらに花粉アレルギーやとかその原因で分類され、その上にスギやヒノキやなんやかやと細分化される。「花粉」というたら「スギ」と決めつけては治らん。スギ花粉に対する薬を調合しても治らんものは、それ以外の花粉に反応してるんやと判明する。それでも治らんのはそれ以外の花粉が原因で……。
 もうこれ以上増やさんでもよろし。鼻づまりには鼻炎薬で対症療法しておいて、あと季節が変わるのを待ってたらええ。夏になったらくしゃみも鼻水も止まるんや。気になるんやったらマスクをしてたらええ。あれやこれやと悩むだけしんどいやないか。
 原因はなんであれ、鼻がつまって体がだるいのだけは確かなことやからね。アレルギーは体質のもんなんやから、ある程度はあきらめてそれを素直に受け入れるしかないように思う。

2月27日(水)

 生徒の校外体験学習ということで、阪急百貨店の大食堂に行く。重度の生徒の割り合いが多くなかなかしんどかったけど、自分で切符を買わせたり食券を買わせたりと少しでも経験の幅を広げるにはよい機会ではあります。
 仕事の内容はまあこれくらいにしておこう。
 実は、百貨店の大食堂なんてところに行くのは、20数年ぶりになる。私が子どもの頃は、百貨店の大食堂で食事をするなんてのは贅沢の極み。年に1回あればよい方というところかな。
 現在は、百貨店の大食堂というのはどういう位置付けになるのかな。少なくとも中流家庭のステータスを高めるというような場所やないのは確かやろう。ホテルのレストランやったら別やけど。以前読んだ本には、阪急百貨店の大食堂は創業者小林一三の意図では、新興住宅地を開発して、そこに住む人を百貨店の客にし、そこの大食堂で食事をするというのを新しい富裕層のステータスにするというものやったとあった。実際、現在でも残してある昭和4年にはめられたステンドグラスなんてのは、かなりきちっと細工されたもので、高級感がある。そこで食事する人たちのプライドを満足させるようなもんやったんやろうなあと思う。
 今日は、平日の昼間ということもあって、年輩のお客が多かった。中には若い家族連れもいたけど、夫婦も子どももみんな金髪に染め、派手で金はかかってそうやけどなんか品のないスーツを着たりしている。どうも中流階級がそのステータスを確認したりプライドを満足させるというような感じやない。
 ところが、メニューの値段はかなり高い。同じ金額なら、もっとおいしいものが食べられるというように思う。阪急百貨店の大食堂という看板は健在なのかな。そやからというて、人に「今日は阪急百貨店の大食堂で昼ごはん食べたんやで」と自慢するのはちと恥ずかしいかも。
 人の好みも細分化されている現在、百貨店の大食堂というものにどれだけの意義があるのか、ちょっとわからんね。もっとも、阪急百貨店あたりはそれなりの歴史もあるわけやから、そうかんたんに大食堂を閉めるということもないやろう。意地でも残すと思う。
 気軽に食べる値段でなく、しかし高級料理店でもない。百貨店の大食堂って今やかなり中途半端な存在になってるんやなあと、今日久しぶりに入って実感した。

2月28日(木)

 造形デザイナー、成田亨さんの訃報に接する。死因は脳梗塞。享年72。
 今の子どもは宇宙人というとどういう姿を連想するんやろう。あのずんべらぼんのグレイたらいうもやし宇宙人かなあ、やっぱり。私はバルタン星人やダダの姿を思い浮かべる。あのフォルムは実に魅力的やった。そのデザインを手掛けたのが、成田さん。
 ウルトラマンやウルトラセブンの魅力は、もちろんそのストーリーにもあったけど、ウルトラマンや怪獣、宇宙人のデザインのよさがものをいうたと思う。なんというてもかっこよかったもん。帰ってきたウルトラマンの後半あたりから、その造形から美感が欠けてきたというのが子ども心に印象に残っている。怪獣がかっこよくない特撮ものは、やっぱり楽しさが半減することはまちがいない。
 そういう意味でも、私たちの世代に成田さんが与えたインパクト、そして影響は大きかったと思う。すくなくとも、グレイなんぞというのぺっとした宇宙人からは豊かなイマジネーションは感じられへん。
 子ども向けの番組やからというて、決して手を抜いてない成田デザインの怪獣は、芸術的ですらあると思う。そして、そういうものを与えられて育った私たちの世代にSF濃度が高いのも当然というべきかもしれへんな。
 異形のものの魅力を私たちに教えてくれた成田さんに、謹んで哀悼の意を表します。

 明日の夜は東京。したがって更新はお休み。次回更新は土曜の夜の予定やけど、日曜の夜になるかもしれません。更新でけてへんかったらかんにんしてね。


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