ぼやき日記


1月1日(水)

 喪中につき、新年のご挨拶は失礼をばいたしますが、今年もご愛読のほどよろしくお願いいたします。稼業の愚痴はなるべく控えてもとの「ぼやき日記」らしくなるようにしたいと思う次第。

 昨日の大晦日、テレビをチョコッとつけたら、KBS京都て「女たちの『唐相撲』」という番組をしていた。狂言の「唐相撲」という大きな演目を茂山七五三と千三郎の社中の女性ばかりでやるという企画をドキュメントタッチで追ったもの。とはいえ、私たちは途中から見たからもうひとつ様子がわからず、狂言を習っている妹にメールで尋ねてみた。
 今日、実家に帰ったら、その妹が録画したその番組のビデオテープを持ってきて見せてもらえた。別に仕事を持ちながら、狂言に打ちこむ女性たちの姿をとらえた好企画。いやいや面白いと悦にいってたら、なんと妹は茂山一門総出演の「唐相撲」のビデオも用意していて、それも見せてもらう。中国に行っている相撲自慢の日本人が帰国に際して中国の力士たちと次々と相撲をとり大業で勝ち進み、最後には帝王とまで相撲をとるという筋立てで、敗れる力士たちの倒れる方法が大胆で実に面白い。
 ビデオはそれだけやなかった。11月に放送された「茂山家訪問」の番組やら今日放送されたばかりの「仏師」という狂言まで見せてもらう。しかもお稽古に行っている妹の解説つきやから、非常にわかりやすい。
 いやもう、狂言三昧の元日でありました。一年の計は元旦にあり。今年はこうやっておおらかに笑って過ごせるという辻占かわからんね。たっぷり笑って明日からは原稿書きにとりかかれる。喪中ではありますが、気持ちのよい新年のスタートになった。そう、今年の私のキーワードは「おおらかに笑って過ごす」ということにしよう。

1月2日(木)

 昨日録画した「ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート」を聴きながら読書。これを読んだら原稿にかかれますねん。今年のニューイヤーコンサートの指揮はアーノンクール2回目の登場。前回も刺激的な演奏やったから、今年も楽しみ。
 まず1曲目、なんとウェーバー作曲ベルリオーズ編曲の「舞踏への招待」やないか。ほほう、シュトラウス一家の曲ではないけれどワルツの入ったポピュラーなナンバーをもってきたわけやね。
 この曲はまず静かに舞踏会へ誘う旋律が奏でられてから、会場に入って楽しくワルツを踊る情景が描かれ、舞曲が終わると再び冒頭の旋律が奏でられて家路につく様子の描写になるという味な構成になっている。「名曲アルバム」や「ファミリー・コンサート」、「はじめてのクラシック」なんてプログラムには欠かせない曲でありますね。
 アーノンクールはメリハリのきいた演奏で高らかに舞曲を奏でる。舞曲が終わり、さあ余韻を楽しむような終結部に移るぞという時、客席から盛大な拍手が起こった。ちょっと待ってえや。まだ曲は終わってへんがな。アーノンクールは客席を見て唇の前に指を立て「シーッ、静かに!」という動作を繰り返す。それに気づいた観客が拍手を止めると、なんとか終結部を演奏して曲を終えた。
 私は最初、ウィーンではワルツが終わったところでいったん拍手するのが決まりなんやろうかと思うたんやけど、その後の観客の様子を見ると「いやあ、まだ続きがあったんですなあ」「やられましたなあ」みたいな表情で笑うている。とすると、ウィーンの聴衆は「舞踏への招待」を初めて聴いたんか! そういえば、ウィーン・フィルの面々もかなり真剣な表情で演奏していた。つまり、日本ではクラシックファンでなくとも一度は聴いたことがあるこの有名曲が、ヨーロッパではほとんど演奏される機会がない曲ということになるんやろうか。
 そういえば、昔「クラシック小品集」というCDで「欧米と日本では曲の好みが違うので、このような企画は日本独自のものが好ましい」というようなことが解説書に書かれていたなあ。そうかあ。そういえばイバノビッチの「ドナウ川のさざなみ」なんて曲も海外のオーケストラ小品集には入ってへんなあ。ワルトトイフェルの「スケーターズ・ワルツ」もそうや。
 ところ変われば品変わる。とはいうけど、ウェーバーのあの名曲がウィーンではほとんど知られてへんというのは、ちょっとショックやね。

1月3日(金)

 原稿は少しずつ進み、本日は依頼された分の過半数にまで達した。だいたい予定通り進んでるねえ。書いた端からEメールで送稿。たぶんS澤編集長はまだ正月休みのはずやから、彼が休み明けで出勤してきたら私の原稿が耳を揃えて待っている、はず。とは言いながらも、必ずしも順調ではないのです。さあ書き始めようと思うたら「おお、この本も読んでおくべきやなあ」というようなものが仕事部屋の本棚のちょうど目につくところにあったりする。なんと購入してから20年も読まずにおいてあった本を読んでしもうたりする。20年もたつと、新刊で購入してから一度もページをめくっていない本でも立派な古本ですな。小口のところが微妙に日に焼け、薄茶色に変色していたりする。ブックオフに並んでる本の方がよっぽどきれいやぞ。で、悲しいことにそういう本は大量にある。いつも横目でちらほら見ながら「この本はいつになったら読むんやろうなあ」てなことを思うている。そういう本も仕事の関係で思わぬ時に読まねばならんことになるというケースもあることがわかった。ということは、あの本もあの本もあの本もあの本もあの本もあの本もあの本もあの本もあの本もあの本もあの本もあの本もあの本もあの本もあの本もあの本もあの本もあの本もあの本もいつかきっと読めるに違いない。おお、なんか希望の光がさしてきたような気がするぞ。できれば本が読まれへんようになる前に蔵書は全て読み切ってしまいたいものです。かなり困難であるとは思うけれども。

1月4日(土)

 原稿を書いてから、一息つけるためにタバコを吸いにベランダに出る。途中、リビングを通るんやけれど、妻が一生懸命テレビを見ている。「NHKスペシャル」で輪島塗りに必要な細い筆がここ10年手に入らず、材料となるネズミの毛を探して職人さんが中国まで出かけて……という内容。私も一服つけ終わったら、つい最後まで見てしもうた。全然見る気はなかったのにね。妻も別に見ようと思ってテレビをつけたわけやなく、ビデオ録画予約のためにつけたらその内容に引きこまれていったらしい。
 我が家では、これを「NHKの呪縛」と呼んでいる。他の民放ではそんなケースはあまりないのに、NHKではこういうケースがとても多い。特に教育テレビ。「4年の理科」なんていうような番組でもちょろっと見たが最後、終りまで見てしまう。なんというのか、好奇心をくすぐる番組が多いんですな。
 原稿書かんならんのになあ、本を読まんならんのになあという時に限って妻が「NHKの呪縛」にはまってしまい、「そんなに面白いんか?」と私がきくと妻はまた的確にその内容を教えてくれるんだ。そして私もつい見てしまう。そやから、ほんまに切羽詰まってる時は妻がテレビを凝視してても内容は聞かんようにして仕事部屋にいくことにしている。今日は原稿を予定通り書くことができたんで余裕があったからつい見てしもうたけどね。
 恐るべし「NHKの呪縛」。それがためにうちではちゃんと受信料を払うている。民放はあんまり見てへんから、ものを買う時にその価格に含まれている宣伝料の分だけ値引きしてほしいなあと思うたりもするくらいであります。

1月5日(日)

 今年は久しぶりにちゃんとNHK大河ドラマを見ようと思う。一時は毎年どんなにつまらなくても見てたんですけどねえ。『徳川慶喜』も『葵 徳川三代』も最初は見てたけど途中で見る時間のやりくりがつかなくなったんと退屈になってきたんでやめた。『北条時宗』と『利家とまつ』は主演の役者が発表された時点で見る気がなくなった。今年の『武蔵』は、予告編を見る限りではなかなか面白そうなんでとりあえず第1話だけでも見ることにする。
 武蔵役の市川新之助が迫力があってよろしいね。なんというのかな、腰から下が決まっている。さすがは子どものころから舞台に立って諸芸百般叩きこまれてるだけのことはある。それに比べてライバルの佐々木小次郎役の松岡昌宏は海岸の岩場で立ち回りをするシーンで刀を構える格好がへっぴり腰。あれでは敵は切れません。
 学生時代に読んだ小林信彦さんの『日本の喜劇人』という本で、舞台出身の芸人とテレビ出身の芸人では腰から下の動きが違うという指摘があって、その時は「ふうん、そんなもんかいな」と思うてたんやけど、それからいろいろと見ていく中で「そうか、このことやったんか」と気がつくことが多くなった。今回もそうやね。
 宮本武蔵というと『バガボンド』のヒットで注目されてるし、そこらあたりでNHKも大河ドラマにもってきたんやろうけど、鎌田敏夫の脚本もうまいし、これは久しぶりのヒットと違うかな。大河ドラマがトレンディドラマにすり寄ってはいけません。これは来週も見よう。

1月6日(月)

 本日、初出勤。社会科の職員室にいてると、部屋の中というのに吐く息が白い。ガスストーブをがんがんたいてるんやけれど、夕方になってもいっこうにぬくもらん。それでも演劇部の生徒たちは大きな声で練習をしている。若さがちょっと羨ましくなる。そんだけ私もおっさんになったんやなあ。ああ悲しい。
 おっさんといえば、今朝の朝日新聞で40歳になったばかりの人たちによる座談会が掲載されていた。長野智子、宮崎哲弥、重松清という顔ぶれ。ううむ、そうか、この人たちも同世代なわけですなあ。数年前の「DASACON」で我孫子武丸、北野勇作、冬樹蛉、そして私と4人で「1962年生まれ座談会」というのをしたのを思い出したぞ。話の内容も似通ったところが多い。もっとも、私たちのは輝かしい未来と破滅した未来が交錯してたとかいうような話と、1962年生まれは虞犯者集団であるという風評に対する分析というような内容ではあったけれど。今朝の新聞の座談会ではさすがに虞犯者うんぬんは話題には出てへんかった。
 この年になっても「将来何しよう」と思うたりする、というような発言にうんうんとうなづいたりもする。40になったから「大人」にならんならんという意識がかなり希薄な年代なんやろう。子どもの頃にホームビデオがなかったためにええ年をして懐かしいアニメや映画のDVDを買いこむ、というあたり、食玩のフィギィアをせっせこ集めたりするのと同じ感覚ではありますね。
 私たちには〈未来〉はなかったのかもしれん。終末論の影響をもろに受けて育ち、夢の21世紀と現実の21世紀の格差に「こんなはずやないやろ」と思い、かくあるべしであった〈未来〉をいまだに探し続けてる。それが今の40歳なんやないやろうか、てなことを考えたりした。今の30代半ばの人たちはバブルの頃に就職したりしていて価値観というものが私たちとは違い生き方そのものを楽しんでるような気がするし、30歳ちょうどくらいの人たちはバブル崩壊時に就職したりしてるから現実に対してかなり冷めた目で見ているように思う。20代半ばの人は人下関係に敏感でそうとうしっかりしているのと違うやろうか。厳密な調査をしたわけやないですよ。私がなんとなくそう思うだけ。つまりは今の40歳が一番ガキということかもなあ。

1月7日(火)

 最近、妻は正月に録りだめした映画やらドラマを毎日夕食後にビデオで見ている。私はタバコをベランダで吸う。その度にテレビの前を横切ることになる。邪魔したらあかんと思いチュウチョシテいるとかえってそれで画面が見えかくれするらしく、「すっと横切ってくれた方がいい」と言われる。すっと横切ったはいいが、妻がビデオを見ながら話しかけてきて、それに対してついつい長広舌をふるってしまう。ベランダに出ようとしたら、妻は苦笑いしながらビデオを巻き戻ししている。どっちにしても邪魔ばかりしているのですな。邪魔してはいかんと思い、仕事部屋にこもっていたら「いつまでたっても出てこない」と言われてしまう。ビデオを見終わったら話の一つもしたくなるらしい。なかなかタイミングが難しい。私のようなのを「間の悪い奴」というのかもしれへんな。漫才師にならんでよかった(中学生の頃は漫才師に憧れていたのです)。間の悪い漫才ほど見てておもろないもんはないからね。風呂がわいたようなのでさっさとこの日記を書いてしまい先に入ろうと思う。書き終えて部屋を出ていったら、、妻は私がまだまだ時間をかけると思いこんで先に浴室に入っていたりする。ほんまに間が悪い。落語家にならんでよかった(中学生の頃は落語家にも憧れていたのです)。間の悪い落語ほど聞いてて腹のたつものはないからね。では教師になってよかったかというと、これもまた「話芸」が必要でありまして、間の悪い授業ほど生徒を苦痛に追いこむものはない。もしかして職を間違えたかもしれん。なんにしても困ったもんやねえ。

1月8日(水)

 大阪府立の高校で民間から募集した校長が進学率を上げるためにトップダウン式で学校運営をはじめ、職員会議にはからずに重要事項を決定したりしたもんで、組合がそれに反発、教育委員会に直訴したという記事を夕刊で読む。実態を知らへんから論評は差し控えるけれども、この校長を進学校やなく校内暴力などで指導が困難な生徒の多い高校や、養護学校に着任させていたらどうやったやろうと思う。
 私は養護学校に9年間所属して、教育とは「卒業後の自立」という目標のためにあるものやという実感を得た。今年転勤してきた高校は総合学科で、様々な選択科目から自分の興味や関心のあるものを履修するというところ。ここでは1年生のうちから自分の生き方について考えるような授業を展開している。もし私が進学校から転勤してきてたら、こういった学校には戸惑いを感じたかもしれへんけれど、教育の目標として「卒業後の自分の生き方」を考えさせるという点では私が昨年度までにやってきた教育と大きく違うわけやないから、かなり納得して仕事ができている。
 進学校の場合、どうしても現役で大学に合格することが目標になるのやろうけれど、ただええ大学に入学することだけが目的で「何のためにええ大学にいくんか」ということを忘れた受験指導には、正直なところ魅力を感じませんな。そういう意味ではこの校長の教育観を知りたい。生徒指導が困難な学校やったらどういう方針を打ち出すつもりがあるんか知りたい。障害児教育についてどう考えてるか知りたい。
 まあ、「校長」という職は「管理職」であって「経営者」やないのです。もし、そこらあたりを取り違えてるとしたら、学校運営に失敗しても仕方ないかもわからんね。どっちにしても、そういう学校には転勤したくないなあ。

1月9日(木)

 電気炊飯器がいかれてしもうた。一昨日、いきなりリビングのブレーカーが落ちたという。妻が必死になって原因を探ったけど、なかなかわからんで難渋したそうだ。ご飯だけは炊かんならんから、プラグをコンセントから抜いてキッチンのコンセントに差しこもうとしたら火花が散って、ショートしていたのが炊飯器やったということが判明し、リビングのブレーカーももとに戻った。私が家にかえった時は、妻はもうへろへろ。その日は炊きかけのご飯を七草粥にして食べた。翌日は圧力釜で炊いてくれたけど、これは水分が米粒一つ一つにまわり過ぎてご飯というよりは煮米という感じ。今日、妻が新しい炊飯器を買うてきはしたけれど、使い方がわからんのにいきなり使用でけへん。妻は鍋で米を炊いてくれた。これがうまい。火加減などを自分で調節しながら炊くからご飯のおいしさが一番味わえるように炊けるんやね。とはいうてもそうそう毎日鍋で炊いてもいられへん。明日からは新しい炊飯器のご飯ということになる。
 よう考えてみたら、うちの家電製品はたいていは結婚した時に買い揃えたわけです。一番最初にわやになったのはCDラジカセのCDの部分。MDプレイヤーのついている新しいのを買うたのは今のマンションに引っ越す前やったなあ。次にいかれたのは電話の留守録用の機能。マイクロカセットの部分がいかれてしもうた。これはマンションに備え付けの電話があったから買い替えずにすんだ。その次はビデオのリモコン。修理代より安い値段で新しいビデオを買うた。現在一番危ないのは洗濯機で、これはそろそろ買い替えようという話をしていたが、なんとか妻はだましだまし使うている。炊飯器は予想外やった。
 だいたい家電製品は一時にそろえることが多いんでぶっこわれるのもほぼ同じ時期にかたまるという話は聞いていた。そういう時期にきたんやね。電子レンジは使う頻度が他のものよりも低いんでまだ大丈夫と思うけどなあ。冷蔵庫はたぶんいけるやろう。テレビは結婚当初は実家から持ってきていたいつ捨ててもええダイヤル式のチャンネルのを1年ほど使うてから今のを買うたんで、まだもつでしょう。引っ越した時に新たに購入したものも多いけれど、それ以外は前のものでいけると踏んでたが、やっぱりあきませんか。去年はブロードバンド化にあたっていろいろとパソコン関係のものを買わなあかんかって「ものいりやなあ」と思うたけど、今度は家電製品の買い換えか。そうやって経済は動いているのであるなあ。

1月10日(金)

 今日は十日戎やったんやねえ。帰りに京都の医者まで足を運んだんやけれど、笹のついた熊手を持った人がちらほら。私は商売人やないから、戎っさんにお詣りしたことはない。福娘のお嬢さん方は新聞の写真で見る限りはとても可愛らしいので一度実物を見たいと思うんやけれど、人出が多いからたぶんじっくりとお顔を拝見てな余裕はないんやろうなあ。
 だいたい人出の多いところは苦手ではある。以前神戸のルミナリエに行った時は往生した。ずいぶん昔にPLの花火に連れて行ってもろうた時も疲れ切って帰ってきた。戎っさんはあれほどやなかろうけれど。
 電車の中で熊手を持って座っているおっちゃんも、疲れた顔をしていたなあ。もっとも、人出が多くて疲れたんか不景気なんで精根尽き果てているんか、そこらへんは定かではないんやけれど。
 なんじゃかんじゃで帰宅したのは10時頃。マンションの玄関で、私の前を歩いていた男性からはぷーんと酒の匂いがする。ああそうか、金曜日やもんなあ、ちょっと一杯やって帰ってくるような時間やわなあ。飲み屋の帰りと医者の帰り、同じ時間でもえらい違いやわい。

 明日は伊勢まで泊りがけで初詣。更新はできません。次回更新は日曜深夜の予定です。


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