ぼやき日記


7月1日(火)

 携帯にも「督促メール」が来たぞ。
 なんでも私は「ワンナイト・ラブ」なるサイトを利用しているらしい。以下、メールの本文をさらしものにしておく。個人名などは匿名にしておく。
「ワンナイト・ラブ事務局よりお支払いのお願いです。現在貴殿がご利用頂いているサイトのご利用料金の入金確認ができておりません。金額は
■接続料 52200円
■事務手数料1000円
■消費税  2660円
お支払い期日は2003/07/01の14:00迄です。
振込先
某銀行
某支店
普通 1234567
名義 ボケ カスオ
※振り込み後は、入金担当
出太良芽 090-1234-5678
まで必ずご連絡下さい。
尚、指定期日までにご入金が確認できない場合、不本意ながらあらゆる法的手段もしくは独自判断で手続//」
 なかなか細かいですぞ。まず、このメールでは私が利用しているサイトが「ワンナイト・ラブ」であるとは限らんような書き方をしている。ここで、もし私が有料の出会いサイトを利用していたとしたら、うかっと振り込んでしまうかもしれん。また、この電話番号に「ワンナイト・ラブ」なんていうサイトは利用してへんと抗議しても、「ワンナイト・ラブ事務局は単なる代理人です」とごまかすことも可能やね。
 私の携帯ではメールの分量が多すぎて途中で切れてしもうたけど、いったい、「手続//」以降はどんな文章が続いてたんやろう。残念残念。
 まあ、パソコンの方にメールを出すより、携帯に出す方がカモは多いかもわからんな。
 このメールが来たのが11時過ぎ。仕事が忙しいから振り込んでる時間なんかあらへんぞ。そやから、私は期日までに入金してへんわけで、さあ、どんな法的手段が私の手元に届くのか、楽しみではあるぞ。
 しかしなあ、こうやって同じようなメールが届くということは、よほどニュースに関心を払わん人が多いということか。

7月2日(水)

 今日も「ワンナイト・ラブ事務局」から昨日と同様のメールが届く。入金が確認されなんだからまた送ってきた、というわけやなさそうで、指定期日の日付を変えただけで文面は全く同じ。そやけど、これを毎日しつこく繰り返されたら自分がほんまにそういうサイトを利用しているんやないかと、つい勘違いしてしまいそうやなあ。もちろん入金なんかしませんが。
 さあ、「ワンナイト・ラブ事務局」は明日もこのメールを送ってくるか! ご期待を乞う!

7月3日(木) 

 今日は「ワンナイト・ラブ事務局」からの督促メールはこなかった……さすがにこのネタで3日分も日記を引っぱるのは苦しいなあ。

 仕事は相変わらず忙しいけれど、ものかき業と同様締切りが近づくとなんとかせんといかんという気が高まってきて、なんとかなってきた。私は「締めきり」というものがないとちゃんと仕事がでけへんたちなんやろうか。それはそれでなんか悲しいものがある。いやもうとにかく今年は4月からずっと締切りに追われているようなもんで、ほんまにようやっとるわいと思う。あと2週間ほどで夏休み。「授業」という締切りから一時的に解放される時期でもある。待ち遠しくはあるけれど、緊張感がどっとゆるんでSF大会で倒れてしまうんやないかと心配している。
 時々クラブ指導と称して漫研のメンバーが無駄話、いやいや情報交換をしているのをのぞきに行ったりするのじゃ。「いーじゃないですかー、先生。じょしこーせーに囲まれて」と本人たちから言われると、さすがにそれは違うと思うけれど、まあいいか。私はじょしこーせーと話をしているというよりも、オタクな子どもたちがわあわあ言うとるのを聞いてるのが楽しいんやからね。そういうものを聞いて心やすらぐのもいかがなものかとは思わんではないけど。

7月4日(金)

 ええい「ワンナイト・ラブ事務局」よ、なんで督促のメールを送ってこない。日記のネタに困るやないか。……いやそんな退屈な日常生活を送っているわけやないんやけどね。

 今日は生徒といっしょに「ワッハ上方」へ行く。展示室に入るのは久しぶりやね。特別展示の「前田五郎写真展」などを楽しむ。「なにわ研究」という授業でさんざん古い漫才を見せてきた、そのしめくくりが今回の「ワッハ上方」訪問。ういう形で少しでも演芸の面白さに触れてくれたら、と思うている。
 というのも、先日読んだ新聞の記事で、若手芸人が腕を磨く「baseよしもと」に集まる中学生や高校生の女の子たちが「やすし・きよし? 見たことない」と言うているからね。まあ、若手芸人がアイドル的な形で人気を得ているとしたら、彼女たちが「芸」というものに目を向けへんのもわからんではないけど、それはそれで寂しいやないかと思う。
 今日連れていった生徒たちは、ビデオ・ライブラリーで昔の漫才を見てとても楽しそうに笑うていた。その笑い声を聞いただけでも、つれてきてよかったと思うんやね。

7月5日(土)

 午後から演劇部の顧問会議に出席し、夕方に帰ってからはテレビでのナイター観戦のかたわら読書、そして野球が終ったあと、妻が録画しておいた「ダイバージェンス・イヴ」というSFらしきアニメの第1回を見る。
 そのアニメなんやけど、出てくる女性がみーんな巨乳で、しかもその形がなんか不自然。ストーリーそっちのけで夫婦してツッコミ始める。
「あれは宇宙空間で育つと重力の関係であんな乳になるんやで」。「宇宙食の成分がホルモンの分泌を促進してふくらむんと違うか」。「あのロボットに乗って戦うためにはでかないとあかんから、適性検査の際に貧乳ははずされるとか」。「乳にはこだわりがあるみたいやな。みんなでかいけど微妙に形が違う」。
 なんか深刻な戦いを主人公が始めてるのに、そっちに乗っていかれへん。ストーリーがはっきりしてへんからいらんことばかり気になるのと違うかな。
「この時代に(設定は何百年か先)なんで眼鏡をかけてミニスカートをはいているんやろう。しかも一人だけ」。「ファッションと違う?」。「宇宙空間で眼鏡は危なかろう」。
 結局、主人公が何のために戦うているのか、敵がどういう存在なんか、地球がどういう状態に置かれているんか、一切わからんまま第1回終了。セリフでべらべら説明せいとはいわんが、ヒントをあちこちにちりばめておくくらいはできるやろうに。
 妻によると、最近のアニメはいわゆる「萌え」の部分を強調すればそれでええというようなものが多いらしい。私は決まったものだけを少しずつ見てるだけやから(1回見ておもろいと思うたら続けて見るけど、おもろないと思うたら2回目からは見ない)あれこれという資格もないけれど、妻はけっこういろいろと見てるから私よりはずっとアニメの現状を知っている。「ガンダム」や「エヴァンゲリオン」などのヒット作の上っ面だけをなぞったような、なんでそれがヒットしたかを深く考えへんままに下手な模倣をしたような作品が目につくという。
 私も妻もストーリー主体で見る方やから、起承転結、あるいは序破急のかっちりしてないものに対しては点が辛くなる。
「つまりなんやな、猿真似、いうことかいな」。
 またそうした作品のタイトルクレジットを見ると大手商社が噛んだりしてたりする場合もある。「ダイバージェンス・イヴ」は日商岩井の名を見つけた。アニメ市場がおいしいと思うて参入してくるんやろうか。そういう手合いには一言「去ね!」とだけ言うておきたい今日此頃なのであります。

7月6日(日)

 「鉄腕アトム」第13話を見る。ウランちゃんがやっと登場。このウランちゃんには動物の感情がわかるという能力があるというあたりが面白い。もっとも、それがどういう仕組みなのか説明はないんやけれど。ウランちゃんがらみのストーリー展開はなかなか楽しかった。つまり、それだけウランちゃんに魅力があるということやね。単なるお転婆な女の子、ではなく、好奇心たっぷりの素直な子どもという感じがよろしい。反面、反ロボット主義者の作戦の持っていきようがつまらん。どうやらこの世界の住人はメディア操作でころころと自分の意見が変わる、意志薄弱な人たちばかりらしいけれど、自分たちが作ったロボットに町を破壊させてロボットに対する反感をあおるにしたって、そのロボットを作ったのが自分たちとばれた時のアフターケアなんぞ一切しておらないみたい。こんな大がかりなことをせんでも、マス・メディアを利用してじわしわとロボットへの反感を持たせていくとか、方法はあるでしょう。巨大なロボットに町を破壊させておいて、街角で一人で「ロボットなんかいらんぞ!」とあおっても、それに人々が乗らなんだらしまいやん。なんか底の浅さを感じてしまうなあ。

7月7日(月)

 妻が「ねえねえ、おもしろいもの見せたげる」とビデオをつけた。経済ニュースの録画で、サントリーがヘルメットの上に液晶モニターをつけてスタジアムを歩き回る「人間広告塔」を登場させたというニュース。肩にはがっしりとしたプロテクター。これでモニターを支えるんですな。無表情で歩く広告塔たちはさながらロボット風。
 しかし、まあようあれこれと考えるもんですな。これが定着するかどうかは疑問やけど、おもろかったらやってみたろうというところが、さすがに関西発祥の企業ですわ。もっとも、その場にいた若い女性はインタビューで「テレビよりも人の方に目がいきますね」と言うておった。私もそう思う。なに、モニターの広告なんか見えへんかってもええのね。プロテクターに書かれた「SUNTRY」の文字は目にはいるわけやし。
 要は、話題になることがまず第1の目的やろう。これが定着したら儲けもの、くらいの感覚と違うかな。とにかくおもろいことはなんでもやってみる。ここがキモでしょうな。
 それにしても、こういうものを見逃さん妻の嗅覚にも恐れ入る。こういう感覚を生かして作家になればと昔から思うてるんやけどねえ。

7月8日(火)

 阪神タイガースが勝ち、読売ジャイアンツが敗れたので、タイガースは優勝まで「マジックナンバー49」ということになった。
 野球にくわしくない人のために簡単に説明しておくと、この「マジックナンバー」というのはタイガースが残り試合のうち何勝したら優勝を確定するかというのを示すもの。単純にいうと、残り64試合のうち49勝せんとあかんということになる。ただし、2位のチームが1つ敗れると、それだけ勝敗差がつくので勝たなあかん試合数も減る。そやからこのままタイガースが勝ち続けて他のチームが負け続けたら、8月10日前後で優勝が決まってしまうという可能性もある。まあ、それはないと思うけど。
 こういう状態になったら、喜多はさぞかし浮かれているやろうと思われるかもしらんが、実は逆やね。
「こんなに強うてええのん?」「もう少しはらはらしてもええのと違うん?」「うそやろ?」「夢やろ?」「誰か私をだましているな」「こんなはずないよな」「誰か助けて!」と試合を見ながらとまどうておるのです。負けても負けても負けても負けても負けても負けても「明日はきっと勝ってくれる!」と虚しい願いを胸に秘めながら見ている時の方が、テレビの中継でも一所懸命見てたような気がする。
 いやほんま、なんかもう浮かれるを通り越してただもうあっけにとられているだけ。
 ほんまに優勝するんかなあ。そんなことがあり得るんやろうかなあ。あるんやろうなあ。その時はどんな気持ちになるんかなあ。前に優勝した時は胸の奥から熱いものがこみあげてきて涙ぐんでしもうたけど、今年はそんな気持ちになるんやろうか。

7月9日(水)

 1ヶ月以上かけて準備してきたイベントも、当日を迎えてしまうとあっけないもんやねんな。何かの発表のためにひたすら練習しても、本番は1回限り。うまくいったらほっとする。喜びもある。そやけどなあ、できたらこの準備したものを繰り返し使いたいとも思う。たった1日のためにプレッシャーと戦いながら1ヶ月以上を準備のために費やすというのは、なんか合理的やないわな。もちろん、その1日が祭的なものやったらそれなりに蕩尽の快感を味わうこともできる。そやけど、それが日常の仕事の一環でしかない場合は、すぐに通常に戻らんならんわけで、それはそれでほっとすると同時にそれまでの準備段階のしんどさだけが残ったりもする。
 急にこんなことを書くと「何があったんや」と思われる方もいてはるやろうけれど、つまりその、今日は仕事でそういうようなことがあったのです。ああ終った終った。疲れたあ。

7月10日(木)

 12歳の少年の殺人について書こうかと思うたが、うまく考えがまとまらん。ただ、子どもというのは人の痛みに対して無自覚である場合が多く、いじめなんかでも非常にストレートかつ残酷やったりする。ただ、体力的に人を殺してしまうことができないだけ、なんかもしれん。今回の事件は12歳の少年が殺すことができるほど、相手が無力やったということなんと違うかなあと感じた。この事件を一般論に広げるには無理があり過ぎるけれど、子どもというものは実に無防備で残酷なものなんやという認識は持っておいた方がええんと違うかな。
 子どものころどちらかというといじめられっ子やっただけに、子どもが自分より無力なものを攻撃する遠慮のなさというものは常に実感しながら毎日を送っていたし、自分が攻撃する側にまわった時の残酷さを思い出すと、正直なところ消え入りたくなってしまう。
 だからどうしろとか、そういう建設的な意見を述べることは、正直言うてでけへん。というか、どうしようもない。ただ世の大人は、子どもというものが理性が未発達で欲求を優先させる存在なんやということだけは承知しておくべきやないかと、そう思う。
 うーむ、やっぱりうまく考えがまとまらんなあ。


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