ぼやき日記


4月21日(木)

 熱でもあるのかな。ぼんやりして頭が働かんよ。ナイターをテレビで見ながら、音声はラジオで福本豊さんの解説を聞きながら、今日買うてきた「阪神タイガース70年史 猛虎伝説」(ベースボールマガジン社)というムックをながめ、打ちまくるタイガース打線を満喫し、藤村、吉田、小山、村山、江夏、田淵、掛布、真弓、小林、岡田、バース、和田、八木……といった往年の名選手たちの姿を楽しみ、付録のリバーシブルポスターを広げてみてはにやにやする。このポスターは、片面が1985年日本シリーズ優勝時の吉田監督の胴上げで、片面は2003年セントラル・リーグ優勝時の星野監督の胴上げというもの。妻に「貼るの?」ときかれた。誰が貼るかいな。そやかて、片っぽ貼ったら片っぽ隠れるやんか。2冊買うて2枚貼るという手もあるけれど、そんなんしたらポスターが焼けてしまうやんか。大事にないないしとこう。うふふ。
 というわけで、今日も本は読めず。仕事で教科書や参考書を読みまくり、授業内容のプランを練っていたら、頭はそれで満杯。「GNPやGDPの話を前振りなしでしても、生徒は退屈するだけやろうから、なんかうまい導入方法はないか」というようなことばっかり考えている。
 というわけで、またポスター開いてはにやにやしてるのです。タイガースがぼろ勝ちしても疲れが取れへんのやから、こら相当ですなあ。
 なんちゅう脈絡のない日記なんや。やっぱり相当きてますわ。はよ寝よ。

4月22日(金)

 今日は職員健康診断。胸部X線写真、検尿、血圧、血液検査、心電図ときて、最後は胃部X線検診。そーです。バリウムを飲むのです。胃部検診は40歳になってからということなんで、私は今年で3年目。経験者の方たちはおわかりやろうけれど、まず発泡剤を水で胃に流し込む。これが苦しい。朝から空きっ腹にしておいて、発泡剤でいきなりふくらますわけですからな。この発泡剤というのは、「花王のバブ」みたいなものです。水気にふれると溶かし込んだ二酸化炭素がぶくぶくぶくと出てくるんですな。腹を気体で膨らしといたところへバリウムを飲む。イチゴ味風の味つけはしてあるんやけれど、うまいもんやない。
「げっぷは出さないようにして下さいね」。
 係の方はそう言わはるけれど、げっぷをこらえるのがまた苦しい。筒を半分に切ったような形の台に乗らされる。この台が動くんだ。胸が悪くなっているところへ動かされたらたまらんよ、実際。しかもやれうつぶせになれの真横を向けの一回転しろのと指示が出る。うつぶせになったら、自分の体重が胃を圧迫して、げっぷが出る。それをこらえるのがまた苦しい。まあ、そうやってぐるぐるまわって胃の中のバリウムを動かすことによって造影するわけですからな。これで胃に異常がないかどうか確かめるんやから、文句をいう筋合いのものやない。
 しかしなあ、もうそろそろ新しい楽な検査方法が発明されんものかね。
 検査が終了したら、いただいた下剤を飲む。バリウムが腸壁で固まらんようにその日のうちに排出せんならんのですな。初めて検査を受けた一昨年は余分の下剤をいただいておいて、なかなか便意をもよおさんので2錠の4錠飲んだ。結局勤務中はトイレに行きたくもなんもなく、薬が効かんなあと思いながら帰宅した。ところが、帰宅してすぐに下腹がごろごろ言いだした。きたきたきた、きましたよ。さっそくトイレに。バリウムはすっきり出たけれど、下剤か効きすぎて下痢のような状態になってしもうた。あれは苦しかった。昨年は同じ過ちを繰り替えさんように2錠だけ服用。ごく普通に帰宅後排出した。私でもその程度の学習能力はあるのです。
 今年も2錠だけ飲む。あれ、おもろいね。バリウム便が出たら、わかるね。手応えならぬ尻応えがあったぞ。よーし、きたきたてなもんです。
 というわけで、明日は久しぶりに外出予定なし。ゆっくり休むぞー。

4月23日(土)

 21日の木曜日、タイガースとジャイアンツの試合で9点差をつけてはいながら、ジャイアンツに7回裏に反撃を開始され、阿部のホームランで8点差とされさらに攻撃の手はゆるまず2死満塁、打者清原というところで、タイガースの岡田監督は先発の井川をあきらめて藤川をマウンドに送った。藤川は速球で追いつめフルカウントからみごとなフォークボールを投げて清原を空振りの三振に打ち取った。
 で、翌日の新聞を読んでいると、清原の発言が大きくとりあげられていた。
「ケツの穴の小さいやつ……。チ××コついてんのかと、タフィ(ローズ)と言うてたわ」。
 これにはあきれたなあ。プロ入り通算500ホームランがかかった打席やったとはいえ、打たれなんだ腹いせに言う言葉かね。満塁のフルカウントという条件下で投げるフォークは勇気がいるという。ボールになったら押し出し四球、落ちすぎて捕手が後ろにそらしたら三塁ランナーがホームインしてしまう。ケツの穴が小さいどころか、度胸と自信がないと投げられん球なんやそうや。
 速球勝負だけが勝負やない。実際、ベイスターズの佐々木は全盛時代、決め球は必ずフォークと分っていても打者が打たれん強烈なフォークを投げていた。速球を投げたら立ち向かっていったことになり、フォークを投げたら逃げたことになるというのは、私も長いことプロ野球ファンを続けてるけど、正直なところ初耳ですわ。
 例えも例えですな。「チ××コついてんのか」は品がない。妻は「なんでフェミニズム団体は抗議しないの」と言うていたけれど、まさしくその通りで、女性に対する蔑視が根底にあるのやろうな。
 それに、試合は清原のホームランのためにあるんと違う。ほたらなにかい、相手投手は清原のためにホームランを打ちやすい球を投げたらなあかんのかい。思い上がりもはなはだしいな。20年近くプロ野球の世界にいてる一流選手の発言とは思われん。
 今朝のスポーツ紙を読んでいたら、岡田監督が怒っていたという。そらそうや。ビビって歩かせたんやない。ちゃんと2ストライクまでは速球を投げ込み、清原はその2球に対しては見送り、空振りと打ててへんのやから。これを勝負と言わずして何を勝負と言うか。
 清原はこの発言に対して特にコメントはしておらんようやけれど、せめてジャイアンツのフロントは藤川に対してちゃんと謝罪すべきでしょう。
 星野仙一SDのコメントがふるっていた。
「巨人は清原が500号を打たない方がええ。出たら(話題が)終わるやないか。いつ打つかいつ打つかで引っ張ったらいいんちゃうか」。
 さすが星野さん。言うことが違うね。

4月24日(日)

 ロシア出身で日本在住の女性ピアニスト、イリーナ・メジューエワのコンサートを聴きに妻ともにザ・シンフォニーホールへ。
 プログラムは、ショパンをメインにグリンカ、チャイコフスキー、ラフマニノフなど。ショパンでは「別れの曲」「革命」「華麗なる大円舞曲」やマズルカ3曲、スケルツォ2曲といったところが人気曲か。
 メジューエワはCDではデビュー時からずっと追いかけてきたけれど、コンサートに足を運ぶのはこれが初めて。企画もののコンサートで、全部で4回のシリーズになっている。2回ずつの通し券があり、それを購入した。
 なんとも不思議なショパンでした。「別れの曲」の思い切りのいいことというたら! 「あんたなんかもう大嫌い、きっぱり別れてやるわよ、フン!」という感じの演奏でございます。「革命」もかなり力強いとはいえ、ペダルを多用してるせいか一音一音が妙に強調されてる。「華麗なる大円舞曲」は、「豪快なる大円舞曲」とタイトルを変えるべし。
 それでいて、ルビンシテインの「ハ長調のメロディ」はとても愛らしく心地よい演奏やったりする。
 アンコールはお得意のメトネル「おとぎ話」。これが実に気持ちの入ったみごとな演奏やった。だいたいメジューエワというたら、メトネル弾きとしての評価の高い人やのに、プログラムに1曲も紛れ込んでへんのが不思議やった。一番弾きたいのはメトネルやねんなあ、やっぱり。ショパンはそれほど気持ちが入らんのかしれん。プロとしてそれでええんかという気もするけど、なんでもソツなくこなしてしまう演奏家よりはええ。
 妻は自分のとなりに座っていたバカップルに気をとられて演奏に集中でけなんだとか。コンサートの場合、それがあるからなあ。しかし、メジューエワやなんて知名度の低いピアニストのコンサートにそんなバカップルが紛れ込んでいるというのは不思議やね。よっぽど好きな人やないと行かんように思うんやけど。
 それにしても、こんなショパン、聴いたことない。ううむ、7月はムソルグスキー「展覧会の絵」やショパン「英雄ポロネーズ」がある。どんな演奏になるのやら。楽しみなような恐いような。

4月25日(月)

 今日の午前9時過ぎに、JR福知山線の快速列車が尼崎で脱線。死者50人、負傷者300人以上という大惨事になった。勤務中はニュースを見ることがでけなんだけど、帰宅してすぐにテレビ画面に釘付けに。
 午前中からニュースを見ていた妻によると、当初は情報が錯綜していたこともあって、事故の原因を運転手のスピードの出し過ぎにしようとする論調が大勢を占めていたらしいけど、JR側の記者会見で線路に石がつぶされてできた痕跡があると発表されると、運転手に全てを押し付けるような言説はなくなっていったという。
 ワイドショー的なニュースの作りやと、そうなるんやな。こういう事故はいろいろな悪条件が重なって起こることが多いだけに、原因をひとつに絞るのは無茶やといえる。また、運転手の家族は、そういう報道をどういう気持ちで聞いていたか。私自身がニュースを見ていたわけやないんで、これ以上のことは言われんけれど、まだ生存者の確認もできてへんうちから、乏しい材料をもとに犯人探しをするのは不可能やないかなと思う。
 ニュースで流れていた死者の名前の中には知人のものはなかったので、少し安心するけども、こういう事故が比較的近辺で起こると、ほんまに身震いしてしまう。被害者の方には申し訳ないけど、自分がこうして生きてなんじゃかんじゃとぼやいているのは幸運と奇跡の上に成り立っているんやないかという気がしてくる。
 負傷者や目撃者に取材をしているVTRを見ていて気がついたけど、みんなかなり冷静に状況を説明してるにも関わらず、「ドッカーン、バーンという感じで……」「キキキーッていう音がして……」と擬音を入れずには話されんところが関西人なんやなあ。
 なくなられた方たちに、謹んで哀悼の意を表します。

4月26日(火)

 今日、ナイター中継を見ていて、掛布雅之さんの解説がなんでつまらんのかを分析してみた。
 まず、ええ結果を出した選手をとにかくベタほめする。ここがいい、あそこがいいと長所をただ並べる。ただ、けっかについてほめているだけなんで、「そらそやろけど、この選手はそこまで完璧なんかい?」とつっこみたくなるほどほめる。
 次に、予測が当たらん。あれこれ理屈をつけて予測してるんやけれど、外れる確率が高い。ちなみに私が敬愛する福本さんは、理屈抜きに「これ、打つよ」と断定し、それがまた当たるんだ。予測がつかん時は「わからんね」とにべもない。あとからアナウンサーが質問すると、「そら、あのピッチャー、外にしかよう放らんのやもん。今の鳥谷は外やったら打てるからね」と予測した理由を教えてくれる。掛布さんの場合は、うまく壁が作れてるやとか体重移動がスムーズにいっているとかもっともらしいことを説明してくれるんやけれど、予測と違うて結果が悪かったら、今のは思っていたところと違う球がきてフォームを崩されたやとかまたもっともらしいことをいう。よう聞いていると、結果に合わせてしゃべってるだけなんやなあ。
 時々理屈が破綻するのもおもろない理由の一つか。タイガースの二番手杉山が打たれたのを、岡田監督が開幕以来の方針を変えて鳥谷を引っ込めたからやというんやけれど、それやったら、その次に出てきた橋本も打たれんとおかしい理屈になる。橋本が抑えたら、その理屈は二度と口に出さなんだ。
 今現在起こっていることを過去型でしゃべるから、全て終ってしもうたような気になるというのも、なんか聞いてていらいらするな。
 掛布さんがジャイアンツの選手ばかりほめるから気にくわんという人もいてるし、私もそれは気に入らんのやけれど、根本的なところで、実は的を大きく外してばかりいるからよけいにいらいらするんやないやろうか。
 私はやっぱり福本豊さんを支持するぞ。余人には真似のでけん境地にいてはる。ぼーっと聞いてたら酔っ払いのおっさんがむちゃくちゃ言うてるような感じやけれど、その発言には長年培ってきた野球に関する知識の裏づけが実はあるんだ。
「あんなもん、ファインプレーと違いますよ」
 すばらしいダイビングキャッチも実はハラハラプレーでしかないと、一言で言ってのける。その奥にどれだけ深い野球の知識が隠されているか。実は、掛布さんからはそれが感じとられんのですわ。今日の解説で、それがようわかった。なんかつかえていたもやもやが晴れたような気がするぞ。

4月27日(水)

阪神甲子園駅
 今年初めての甲子園行きです。例年この時期は友人Yと行くんやけど、今年は忙しいらしく連絡がない。あかんかなあと思うていたら、なんと勤務校のPTA会長が今日の試合のチケットをとり、PTA関係者のタイガースファンを誘っているということで、便乗させてもらうとになった。
 PTA会長というても、大阪の庶民的なお母さん。なんと公式ファンクラブ会員しか持ってへん黄色のメッシュジャージを持ってきて着用している。
 あ、私も持ってます。すんません。持って行くの忘れました。
 仕事をし、放課後も補講で授業をし、空いた時間には所用で自転車に乗ってかなり離れたところにある銀行まで往復し、体自体はへろへろに疲れてるんやけれど、甲子園に一歩踏み込むとそんな疲れも吹き飛ぶんやから不思議やね。のどがかれるまで絶叫してまいりました。
 明日は遠足の引率やのに、こんなにふらふらになるまで応援しててええんかなあ。
 というわけで、試合はタイガースの快勝。4万人は超えているであろうタイガースファンの一団の一人として球場から駅までとろとろ歩く。
 写真は駅構内の通路です。甲子園でタイガースの試合が終った後は、いつもこんな感じかな。ホームにつくまでがとにかく長い。甲子園に行ったことのない方にも雰囲気をつかんでいただけたやろうか。ホームまで出たら、臨時特急が出ていて甲子園から梅田までノンストップ。PTAの係をしている初対面の男性となんやしらん話が進む。タイガースファンという共通項の強さを思い知らされる。帰ったらほっとしてかなり眠くなってきた。本も読んではいるんやけど、感想文をアップできるほど頭がまわらん。
 というわけで、タイガース、嬉しくも勝ちました。

4月28日(木)

たんのわ潮干狩り場
 今日は「校外学習」。つまりは遠足。私の担任しているクラスは大阪府の南端、岬町にある淡輪(たんのわ)海水浴場へ。というても、いくら今日が夏日やったからというて泳ぎに行ったんやおまへんで。この時期、ここ「たんのわ海水浴場 ときめきピーチ」(すごいネーミングではあるね、「ときめきビーチ」!)では潮干狩りを売り物にしているのであります。
 というわけで、昨夜は甲子園で大声を出し過ぎてがらがらになったのどをさらに酷使しながら生徒に指示を出し、南海電車で淡輪へ。電車の窓から海岸が見えると、生徒たちが歓声をあげる。写真でもごらんの通り、とてもきれいな海ですわ。大阪湾でもここまで来たらほんまにきれいや。
 海はきれいやけれども、ほんまもんの潮干狩りはできません。前日に海水浴場の人から「何時頃着きますか」と尋ねられ、時刻を伝えると「それまでに貝をまいておきます」と言われてましたからな。つまり、潮干狩りの雰囲気を味わえる海水浴場なわけです。
 そうとわかっていても、生徒には事前には言わんのが仁義。ただ、生徒の中には、せっかく掘り出した貝を返して、おみやげ用の砂をはかせたあさりを別にもらうとわかった時にはなんともいわれん表情をしていた者も多かった。まあ、世の中とはそういうものやったりするのです。大阪で潮干狩りをまともにできる場所ってあるんかなあ。
 それはともかく、好天にも恵まれ、熊手とざるをもってわあきゃあ言いながら楽しんでいる姿を見ると、なんか嬉しい。生徒の一人に「先生は掘らへんの」とたずねられ、「うん。みんなが楽しんでるのを見てるのが楽しいんや」と答えると、「親みたいな心境?」と言われてしもうた。そうかもしれんなあ。早くに結婚してすぐに子どもをつくったりしていたら、これくらいの子どもがいててもおかしない年やもんなあ。私より若いお母さんもいてるしなあ。
 私もはだしになって脛のところまで海に入る。冷たくて気持ちよろしいな。そういえば海水浴に最後に行ったのはいつのことやったやろう。大学に入ってすぐにクラブのOB会で小豆島に行った時に、水着姿の同級生の女の子を見て妙に気恥ずかしくなったことがあったけど、あれ以来かなあ。20年以上も前のことやないかいな。
 それはともかく、いつもは物静かな生徒もはしゃいで貝をざるに入れたりしていたし、高校生活最後の「遠足」は楽しめるものになったみたいで、それが何よりです。
 明日は我が家ではあさりのお料理が出るのかな。どこの産や知らんけど。

4月29日(金)

 「エルフェンリート」というアニメ(昨年CSで放送され、現在地上波ではサンテレビなどUHF局で放送中)のオープニングタイトルアニメで、たぶん意図的にクリムトの絵に登場人物をはめ込んで動かしたりしている。
 なんでクリムトか。まずそれがわからん。クリムトの描いたものがその作品世界となにか関連があるというわけやないし、クリムトで象徴するような内容でもないし。そのアニメのキャラクターデザインとクリムトとは画風が(当然ながら)違う。
 クリムトが好き、ということなんかなあ。そやけど、ほんまに好きやったら、ああいういじり方はでけんように私には思えるんやけどね。
 なんというか、あざとい……そういう印象を与えるね。こういうことをすることによって芸術生の高い作品を作ってますよということを誇示してる……どうかな、そこまでの俗っぽさはないか。
 なんでクリムトなんやろう。そこにもたせている意味は何なんやろう。イメージを借りるんやったら、そこにいたる必然性はほしいもんなんやけれどね。
 パロディです、という答やったら怒るよ。パロディに対する大きな勘違いやと思うからね。

4月30日(土)

 気象評論家の福井敏雄さんの訃報に接する。享年84。死因は老衰。
 関西地方以外の方にはなじみのない方やと思うけれど、こちらでは絶大な人気を誇る「お天気おじさん」やった。まだ「プロ野球ニュース」の再放送を翌日の早朝にやっていた頃やから、私が中学生か高校生の時分やったと思う。いささかたどたどしく、そやけど一所懸命にしゃべる「ひまわりおじさんの福井さん」がその番組の後の天気予報で出てきた。
 福井さんをおもろいなあと感じたのは、ただそのしゃべり方が特徴的やったからだけやない。例えば、天気がいいと予報した時には、「お洗濯(しぇんたく)日和でしょう」と言うんやけれど、その予報が外れて雨が降ったりした翌朝に、「たいへん申し訳ありましぇんでした!」と実に律儀に謝るんである。いや、福井さん、そんな謝ることあらへんで。思わずテレビに声をかけたくなった。
 そのうち、夕方のニュースの天気予報に変わり、大阪管区気象台の予報官を定年になった後は、ABCテレビ深夜番組「ナイトinナイト」の「オッチャン対ギャル」にレギュラー出演したり、住宅会社のCMに起用されたりし始めた。
 ところがやね、タレントとして売れっ子になっても、福井さんは「じぇんじぇん」変わらんのですわ。天気予報してた時と、全くいっしょ。おごることなく、与えられた役割を理解し、ひたすら誠実に受け答えしていた。テレビ局もそのキャラクターをただ消費するということもなく(ここらが東京のバラエティとは違う)、その味を生かしていたと思う。
 いわゆる「お天気おじさん」がこういう形でタレントになるというのは空前絶後のことやないかと思う。それもこれも、「誠実」に服を着せたような福井さんのキャラクターがすばらしかったということなんやろう。また、そのキャラクターを大切にした大阪のテレビ局の姿勢があったから、福井さんの人間性というものが生きたんやなかったか。
 まだ福井さんが天気予報をしていた頃、バイト先の飲み会で私は福井さんの物真似を披露して受けたことがあった。よう考えたら「お天気おじさん」の物真似で受けるやなんて、まずあらへんのになあ。それだけ愛されたキャラクターやったんやなあ。
 謹んで哀悼の意を表します。


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