ぼやき日記


11月1日(火)

 今日はよみうりテレビ「平成紅梅亭」の公開録画。またハガキが当たった。今回のテーマは「東西落語家競演」というわけで、メンバーと演目は以下の通り。
・桂吉坊「つる」
・春風亭昇太「壷算」
・春風亭小朝「桃太郎」
・徹底討論「これからどうなる落語界」
・三遊亭小遊三「幇間腹」
・桂三枝「おーいキャディーさーん」
 東から3人呼んだ上に座談会をしたもんやから、上方落語の代表が三枝師匠だけというような形になってしもうた。できたら座談会なしで上方落語の中堅どころがもう一人ほしかったところやね。
 吉坊さんの「つる」は、大師匠の米朝の形をそのままきっちりと演じたもの。若々しくて張りがある。また自分の形というものをこれから作る若手だけに、変に崩したりしてへんところに好感がもてた。
 昇太師匠の「壷算」は、2人連れが買いにいったのが「瓶(かめ)」やのに題名が「壷算」なんはおかしいなあ。「かめ算」になるんと違うかなあ、なんて枝葉末節はどうでもよろしいか。動きが大きく、しかもいささか狂気をはらんでいて非常に面白かった。上方の「壷算」は根切り方の理屈がとても細かいんやけれど、昇太師匠はそこらあたりは大きく割愛して、値切る男の異常性みたいなものを全面に押し出していた。よう考えたら「値切る」という習慣は上方のもんやから、東京落語やと不自然になるのかも。そこでこういう演出になるのかな。
 小朝師匠の「桃太郎」は、新作落語というてもええほど、寝かしつけられる子どもの垂れる屁理屈を現代風に変えていた。これから落語をどうやって若い層にもアピールすべきかということを模索している小朝師匠の一つの解答なのかなあ。私は必ずしもこういうやり方には賛成でけんのやけれど、寄席の出番に安住してしまいがちな東京の落語家としては、これも一つの冒険なんやろう。理が勝ち過ぎているところは文珍師匠に少し似ているけど、アプローチする方向が違うかなあ。
 座談会は、吉坊さんを除く全てのメンバーでおこなわれたけど、それぞれのもっている問題意識がずれているので、討論にもならず。時間的にもこのテーマでやるには短すぎ。これならもう一席落語を聞きたかった。
 小遊三師匠の「幇間腹」は、幇間の江戸前のヨイショぶりが、上方落語では味わえない面白さを感じさせて楽しめた。東京落語を聞く楽しみは、この江戸風味のリズムとテンポにあるように思う。CDに聞く志ん朝師匠の語り口が心地よいのは、そのリズムとテンポのよさからくるもんやないかなあと思う。関西弁はイントネーションの言葉で関東弁はアクセントの言葉という説もあるけど、落語を聞くとそれがわかる。
 三枝師匠の新作は、まあ、いつも通り。そやけど、サゲを言う前に客席のあちこちでひそひそ声で先回りして予測され、そしてそれがみごとに的中しているというのは、なあ。老人ホームの入所者の派遣業務にゴルフのキャディーというアイデアはおもしろいけれど、展開のさせ方がストレートすぎてひねりがないのが、三枝落語らしいというべきか。三枝創作落語ではどうしてもくすぐりが主体となって、落語の展開そのものはそれほど笑いを取るようにできてへんものが多いように思う。
 というわけで、関西地方のみのローカル放送ですが、放送日は11月16日の深夜やそうです。関西のみなさんお楽しみに。私は昇太師匠と小朝師匠を初めて生で聞くことがでけたから、それだけで満足、かな。一度生で聞いてみたかった人たちなのです。そやけど大阪ではなかなか機会がないからねえ。

11月2日(水)

 演劇部のコンクール舞台稽古があった。私は演劇に関しては全くの素人なんやけど、さすがに顧問も4年目となると、ちょっとは生徒の演技のどこを直せばよいかなどということが少しは見えてくるようになった。これは、昨年まで授業で演劇の講師の先生の補助を3年間やって、門前の小僧が習わぬ経をよむように、演技とはなんぞやということをそばで見ていて教わったということも関係してくると思う。
 そやからというて生かじりの指導法では教わる方も迷惑やろうから、あくまでお芝居を見ている観客の視点で、「こはもう少し間を取ったら、観客にわかりやすいよ」やとか、「もう少し動きがないと、見ててその少女の気持ちが伝わってこないよ」というぐあいやね。こういうのは演技指導というのかな、ようわからんけど。
 まあ、職業がら(書評家も教員も)人に何かを伝えるという点においては自分なりに長年培ってきたものがあるわけで、それは伝える相手を意識するということ。それと自分の中からわきあがってくるものを大事にすること。これだけは芝居やろうと創作やろうと書評やろうと授業やろうと、全てに共通してると思うている。
 というわけで、零細書評家教師による演技指導は、果たして生徒たちに吉と出るや否や。いやあ、クラブ顧問というのも難しいねえ。

11月3日(木)

 文化の日。そやけど休まれん。演劇コンクールのリハーサルがあって、某市の青少年センターへ。その前に学校に寄って大道具の運搬の手配をしてからやから、なんやかんやと慌ただしい。
 リハーサルが終ったあと、速攻で福島のザ・シンフォニーホールへ。ピアニスト、イリーナ・メジューエワの連続コンサート第3回、秋の章を聴きにいく。
 この忙しい時期にコンサートにいくというのは無理があるけれど、それでもこうやって強引にでもチケットをとっとかんとなかなか行かれへん。好きなピアニストの演奏を聴いて心を休めたいという気持ちもある。
 ただ、今日は失敗。コンサート開始後20分遅れで会場に入り、あれこれと忙しい状況をそのまま持ち込んだような形でホールに入ったもんやから、音楽に集中でけん。どの曲もこれまでの2回のコンサートよりも充実したものやとは感じるんやけれど、その心地よい音色についうとうとということもあったりする。わざわざ時間を割いて体を運ぶということは、CDと違うて自分の好きな時にというわけにはいかん。それだけにこちらのコンディションがいい状態やないと、いくらソリストの出来がようても、その演奏が心に響いてこないもんやねんなあ。
 今日は、慌ただしく会場に移動したり、リハーサルのことやら明日の仕事のことやらが頭から離れん状態で聴いてしもうたから、心を休めるということがでけなんだ。つくづく生の演奏を聴きに行くということの難しさを感じた次第。
 次回は連続コンサートの最終回。時期は2月上旬。3年生は学年末テストも終り、こちらの気持ちにも余裕ができている頃や。よし、次回こそメジューエワの音楽を満喫するぞう。
 それはともかく、メジューエワはメトネルを弾いている時、ほんまに生き生きしてると思うなあ。よほど好きやねんな。

11月4日(金)

 疲れがたまると、原チャリに乗りながらつい元気を出すために歌を口ずさんでしまうのだけれど、「じつはみーなさん、むせきにん、あたま、からっぽのほうが、たのしいのさーっ!」とつい絶叫してしまうのは、いらんことを考えず頭空っぽになってみたいという願望がどこかにあるからなのでしょうか。やれやれ。
 明日、演劇コンクールの会場に向かう車上で何度「そんな、ときにはむーせーきにーん、かんがえないのがひっしょーほーおーさー」と絶叫するのでしょうか。
 再来週あたりにはこういう精神状態からは脱却していると思ってるんやけどね。それまでは頭空っぽにして突っ走るか。

 別にどうでもええけど、和泉元彌がプロレスするのに「狂言力で勝利する」てことを言うのはなんとかならんか。彼はそれでええか知らんが、ワイドショーやプロレスしか見ない人が、狂言を誤解するやろうと思うと、あまりにも辛すぎるのです。
 人を笑わせるのが狂言やとはいえ、笑わせるのと笑い者になるのとは違うよねえ。

11月5日(土)

 自分たちの劇が終ったあと、かなり時間がたっているにもかかわらず「まだ興奮が治まらない!」と生徒の一人が言う。そうやろうなと思う。私は舞台でそういう快感を味わったことはないけれど、まあ、SF大会や京フェスなどでゲストとして企画に出演して、自分の話が受けたりするのは楽しいしね。
 それよりも思い出すのは、「SFアドベンチャー」に初めて書評が載った時のことかな。すでに「SFワールド」誌に創作が掲載されたり「SFマガジン」の「読者リポーター」でイベントのリポートが掲載されたり「SFの本」にイベントレポートを書いたり「日本SF年鑑」に執筆したりしていたにもかかわらず、何か違う快感があったなあ。あれはやっぱり「原稿料をちゃんといただく」という意味では一応プロとしての初めてのお仕事やったからかな。
 今読むと顔から火が出るような拙い文章ではあるけれど、あの時は自分の書いたところを何度も読み返してみた。これを多数のSFファンが読んでるんや、そして毎月私の書いたものが掲載されるんや。
 当時24歳。思えば前途洋々たる若者の幸福な興奮でありました。
 今日の生徒の興奮はまた違うかもしれんけれど、こんな興奮を味わうと、病みつきになるものです。そしてその世界から足抜けがでけんようになる……かもしれんな。

11月7日(月)

 本田美奈子さんの訃報に接する。享年38。死因は急性骨髄性白血病。
 本名は工藤美奈子。なぜ「本田」という姓を芸名にしたかというと、「世界のホンダ」にあやかったものだ。同時期のデビューに工藤夕貴さんがいて、姓が重なるのを避けたという。
 そやけど、アイドルとしては大成せなんだ。可愛らしかったし、歌も声に伸びがあってよかった。ところが、秋元康が彼女のことを「和製マドンナ」ともちあげ、へそ出しルックを着せて「まりっりーん」などと歌わせ、この企画がみごとにこけた。美奈子さんはマドンナのコピーみたいなものにしないと売れないというほど存在感のないアイドルやなかったからな。
 さあ、そこから先、彼女の苦労が始まる。ロックバンドを結成し、バイクの8耐レースのスクリプターまでやり、演歌に挑戦したが失敗し、「ミス・サイゴン」でついにミュージカル・スターとしての道をつかむ。やっと誰からも認められる存在になったんや。クラシックの歌曲にも挑戦するなど、最後まで自分の世界を貪欲に広げていった。
 38歳は、いくらなんでも若すぎる。回り道をしながらもつかんだミュージカル女優というポジションで、頂点を極めてほしかった。
 謹んで哀悼の意を表します。

11月8日(火)

 昨年の11月7日にスピード違反取り締まりにひっかかって以来1年。安全運転を心がけ、ついに1年間無事故無検挙を通し、免許の減点がリセットされた。よかったよかった。昨年の8月末、9月末、そして11月初とほぼ3ヶ月連続で、車の流れから40km以上出さんとかえって危険な場所で(原チャリですから)42〜44kmくらいのスピードで走って、いわゆる「ネズミ捕り」にひっかかり、あと1回検挙されたら免停処分というところまで追い込まれた。そこから1年、意地でも30km台で走り続けた甲斐があったわい。
 現在の道路事情とエンジン性能を考えて、できれば原付の法定制限速度を35kmに引き上げてくれんかなあ。安全運転を心がけてはいても、30km以内で走っていたとしたら、実はその方が運転している原付にとって危険なんやけれど。こういうのはやっぱり国会議員さんに陳情すべきなんやろうね。そやけど、警察が検挙件数を稼ぐためには原付の法定制限速度は30kmのままにしておいた方が都合がええんやろうと、つい勘ぐってしまうんですわ。となると、警察官僚出身の議員さんなんかから反対の声があがることは必至でね。
 ちゃんとスピードを抑えて走っている原チャリ使用者として、なんでいつまでも法定制限速度を30kmのまま変えんのか、納得いく説明がほしいなあ。

11月9日(水)

 帰宅してしばらくしてから、妻が「吉朝さん、亡くならはったね」とぼつり。
 なんやて!
 しばらく絶句した。そしてあわてて夕刊を開く。
 桂吉朝さんの訃報が……。享年50。死因は心不全。
 落語家は50代がいい。話に深みが出、芸が熟し、そして体力がある。60を過ぎると、体力的に衰えがくる。つまり、吉朝さんはこれから一番円熟味を増すところで逝ってしまわはったということになる。
 米朝門下でも、特に師匠の話芸をきっちりと受け継いだ、楷書の芸。洒脱さもあり、芝居噺などに冴えを見せた。わかぎえふさんの劇団で役者をしたり、茂山一門といっしょに「お米とお豆腐」という会を開いたり、芸の間口を広げる努力を惜しまなんだ。
 もっとも、芸達者な分だけ、器用さが透けて見えるというところがなきにしもあらずやったけれど。だからこそ、50を越してからどのような味が出てくるか。自然体の面白さがどんな形であらわれるか。名人と呼ばれるようになるのか。これからが楽しみやったのに。
 一昨年にガン治療のために高座から離れ、やっと復帰したところやったのに。
 これから天満に寄席ができるところやのに。
 死んだらあかんやん。
 早すぎる。米朝一門のみならず、上方落語を代表する落語家になるはずの人が、こんなに早く逝ってしもうたら、あかんやん。
 吉弥、吉坊など、ええ弟子も入って、師匠として弟子を大きく育ててもほしかったのに。
 死んだらあかんやん。
 新聞を手に、しばらく動かれなんだ。
 大師匠の米團治を襲名する話もあったという。
 そやのに、逝ってしまわはった。
 謹んで哀悼の意を表します。

11月10日(木)

 今日からプロ野球は「アジア・カップ」。日本の優勝チーム千葉ロッテマリーンズ、韓国の優勝チーム三星ライオンズ、台湾の優勝チーム興農ブルズ、中国の選抜チームチャイナスターズが総当たりのリーグ戦をし、上位2チームが決勝戦をするというシステム。
 今日はテレビではマリーンズとライオンズの試合を中継していた。まあ、余興といえば余興やけれど、こういう国際試合があるのはええことやなあ。私は気がついたら三星ライオンズのことを応援していた。まあ、そういう心境なのです。わかるね。もしかしたらタイガースがそこで試合をしていたかもしれんと思うと、素直にマリーンズを応援でけんのです。
 われながら心が狭いなあ。
 それはともかく、ライオンズの監督は元中日ドラゴンズのソン・ドンヨルさん。現役時代と要望が変わってへん。懐かしい顔ですなあ。台湾はブルズが出場しているけど、もしかしたら元西武ライオンズの郭泰源さんが率いるコブラズが台湾シリーズで勝っていたらそちらが出場していたかもしれん。しかもチャイナスターズの監督は元ロッテオリオンズのジム・ラフィーバーさん。コブラズが出場していたら日本のプロ野球出身者が率いるチームがアメリカのメジャー出身の監督率いる日本のチームとそれぞれ対戦するという興味深い顔合わせになっていたかもしれんのやね。ブルズが出てきたからそれはならなんだけれど。
 結果はどうあれ、プロ野球でも親善試合やなく真剣勝負で国際戦が行われる時代になったんやなあ。物見遊山でメジャーのチームがきて、ジャイアンツとばっかり試合して力の差を見せつけて帰る、というようなのを子どもの頃からさんざん見せられてきただけに、よけいに感慨深いものがある。これはぜひ来年以降も続けてほしい。できればアメリカのメジャーのチームも加えてね。
 そこで我らが阪神タイガースが優勝してくれたら、なんて夢みたいなことを想像しているのです。いや、冗談抜きでその可能性はないではないよ。5年も前やったら夢物語と笑い飛ばされてたかもしれんけど。


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