ぼやき日記


2月21日(火)

 急に暑くなったり寒くなったりすると変温動物である私にはこたえるんだ。ああしんど。諸般の事情で精神的に参っているだけに、体調まで直撃するこの気候には参ったわい。

 妻が見ているドラマ「ナースあおい」をちらちらと横目で見る。妻は最初石原さとみちゃん目当てで見ていたんやけれど(今でもそうか)、最近は今泉君と花田君のコンビ、いやいや西村雅彦と八嶋智人を見るのが楽しみというております。私が初めて横目で見た時にこの2人が出演しているのを見て、「田村正和は出てへんの?」と思わずきいてしもうた。いやいや、この2人は「古畑任三郎」でしか共演したらいかんわけやないですよね。それはまあわかっておるんやけれど、でも、やっぱり今泉君と花田君がいたら古畑さんもいてんと寂しいよねえ。そう思いませんか? 田村正和をゲスト出演させるというプランはないんやろか。三谷幸喜が脚本を書いてたら、きっとそういう遊びを入れるやろうなあ。

2月22日(水)

 家に帰ったら、「平成紅梅亭」公開録画の入場ハガキが届いていた。今回は「桂吉朝追悼落語会」やから、応募も多かろう、いつまでたってもハガキが届かんからはずれたんやろうと思うてたから、嬉しくなった。
 ところがですな、公開録画の日程を見たら、明後日やんか。おいおい、明後日は仕事の関係で入場に間に合わんかもしれんぞ。そんな急にいわれても、みたいな感じやないですか。そやけど、前回に続いて今回も米朝師匠が出演するし、こういう機会は逃したくない。こうなったら、明後日の仕事が早く終ることを祈るしかない。
 それにしてもなんでハガキが2日前に着くかなあ。表書きを見たら、住所の一部に間違いがあった。そのせいで遅れたんか。いやいや、それでも間違っているのはマンションの部屋の番号で、「喜多」という家は私のところだけやから、いくら遅れても数日のことやろうと思うが。今日ハガキが着いて明後日やで、悪いのはよみうりテレビか郵政公社か。
 今日、枝雀師匠の速記集を読んでいたら、無性に落語が聞きたくなったしなあ。這うてでもいくぞお。

2月23日(木)

 大阪の府立高校は今日から前期入試。私の勤務校でも試験が行われた。この日記をお読みになっている方々の中にも、お子さまが今日入試という方がいてはるかもね。うちの学校にはまだ「親が先生のホームページを読んでます。実は……え、え、え、えすえふふぁんなんです!」というてきた生徒はいてへんなあ。まあそこまで私はメジャーやないですからね。
 とはいえ、昔、採用試験に合格して講師をしていた中学校を離れる時に、入れ代わりで転任してきた先生が「『イリュージョン』のきたてつじさんですか」と話しかけてきたことがあって、あれには驚いた。学生時代は大学SF研に在籍していた方で、私の所属していた創作同人と私の名前を覚えていてくれてはったんですな(「イリュージョン」が私の在籍していた会で、当時私は名前をひらがなで表記していた。知ってる人は知ってるかもしれんが、かなり昔のことなんで、念のため)。めったにそういうケースにはお目にかからんのですよ。あれ以来、学校関係でSFファンの人から声をかけられたということはないなあ。やっぱりSFファンというのは少ないんやな。
 ついでにいうと、SFファンの生徒というのにもお目にかかったことがない。あれだけ毎年入学してくるんやから、一人くらいいててもよさそうなもんやのになあ。果たして今日受験し、合格する生徒にSFファンはいてるやろうか。

2月24日(金)

桂吉朝追善落語会
 今日も入試業務で出勤が早いので、少しばかり早起きする。テレビをつけたらトリノオリンピックの女子フィギュアスケートのフリー演技を中継していた。ちょうど荒川静香選手の演技開始のところから見る。いやあ、オリンピックというのは怖いなあ。女王スルツカヤが金メダルを意識してがんじがらめになり転倒してしまうとは。ともあれ、荒川選手の金メダルおめでとうございます。でも、私は真央ちゃんに出てほしかったなあ。

 入試業務をとどこおりなくすませ、管理職にことわりをいれて定時に退出。執念で「平成紅梅亭」の公開録画会場へ行く。妻と読売テレビ前で待ち合わせ、スタジオへ。なんとスタジオはぎっしりすし詰め状態。かなり後から入ったんで、座るところがない。テレビ局の人がもっと詰めるように声をかけても、もともと詰まっているから隙間も作られへん。それでも、最後列に座っていた中年女性は、自分の隣の座布団に荷物を置いて平然としている。連れがいてるらしい。「もう少し前へお願いします」とADらしき人が頼んでも、「足が痛いから」とかいうて動かん。理由になっとらんぞ。足が痛かったら椅子に座らせてもらいなさい。その婦人の連れももどってきて、ここは自分たちの指定席やとばかりに動かん。私らもそうやけど、あんたらかてハガキ1枚で入ってるんでしょう。まるで料金を払うて入場したみたいな態度はとりなさんな。仕方なく妻をその婦人の隣の空いたところに座るようにし、私は座布団を後ろにずらせて畳敷きの外側、つまりスタジオのフロアむき出しのところに座った。見かねた妻が、くだんの婦人の前に空いた隙間に移動する。それでもそのご婦人は下がって隙間を広げようともしない。しかも連れの婦人と三代目の独演会のチラシを見ながら落語会には行き慣れてるかのようなおしゃべりをしている。ほんまに慣れてる人は、聞こえよがしに言うたりはしないのです。そのくせ「繻子の帯」という言葉がでてきたら、「繻子ってなに?」「つるっとした生地よ」とかいう信じられん会話をしている。知らんのやったら「わからない」と言いなさい。別に繻子を知らんでも恥やない。知ったかぶりをするのが恥なんです。いやあ、とんでもない人たちがいてるなあ。中入りの間にスタジオから出た妻がもどってきたら、その隙間はますます狭まり、前の人とのサンドイッチ状態になったという。こういう情のない人に落語ファンぶってほしないな。
 出演者と演目をメモしておこう。
・桂あさ吉「書き割り盗人」
・桂雀松「替り目」
・桂米朝「鹿政談」
・ちゃらんぽらん(漫才)
・笑福亭松喬「質屋蔵」
・桂吉朝「河豚鍋」(VTR)
 お茶子さんがメクリをめくると、墨痕鮮やかに「桂吉朝」の文字が。でも、吉朝さんは袖から出てこない。かわりに液晶モニタが天井から降りてきた。そうなんや。吉朝さんはもういてはらへんのや。ほんまに涙がにじんできたよ。それでも、吉朝さんのVTRが始まると、会場はまるで今そこで落語をしているみたいに笑いが起こっていた。芸の力とはすごいもんやと改めて感じた。
 それにしてもすし詰め状態の落語会にはほとほと参った。特に隣のご婦人コンビ! 強烈やったなあ。
 写真はテレビ局の前に立てられていた看板です。放送は3月22日なんやそうなので、関西エリアの落語ファンの方はお楽しみに。

2月25日(土)

 今日も入試業務で出勤。とりあえず一段落。くわしくは書けませんが、採点にかかる労力はかなりのものとだけ書いておこう。

 今日送られてきた「SFマガジン」に、作家や評論家などと読者の投票による「オールタイム・ベストSF」が発表されていた。私が何に投票したかも書かれています。
 実は、以前この日記にも書いたように、私は2通りの答えを編集部に送った。それは、マンガを含めるんか含めへんのかということがはっきり書かれてへんだんで、マンガを含めた投票と小説のみの投票と2種類つくったわけです。
 編集部はどっちを採用したかなと見てみると、例えば作家の投票では私のところには1位に「手塚治虫」と書かれていた。マンガもOKなんや。それをちゃんとアンケートの説明に書いておいてほしかったなあ。もしそれがあらかじめ書いてあったら、手塚治虫や石ノ森章太郎、吾妻ひでおといった人たちが上位に食いこんでいたやろうし、短篇部門では藤子・F・不二雄の短篇がいい位置にきていたんやないか。
 私の場合、手塚先生抜きではSFは語られんし、幼少時に読んだ「サイボーグ009」や「仮面ライダー」から受けた影響も大きい。高校時代に吾妻ひでおのSF短篇を読んでどんなに驚かされたことか。伝奇ものを受け入れる素地は諸星大二郎のおかげで作られたというても過言やない。
 それだけに、マンガ作品やマンガ家を書いた方の投票を編集部が採用してくれたのはほんまに嬉しかった。その分、どうしても小説家がはみ出てしもうたのは、それはそれで残念ではあるけれど。
 他の投票者の方たちは「マンガはダメなんかどうか」と疑問に思うたりはせなんだのかなあ。最初からマンガは考慮にいれてなかったような投票が多いから、「小説以外はあかん」と無意識のうちにマンガを排除してたかもしれんな。

2月26日(日)

 あのね、「仮面ライダーカブト」って、いつになったら面白くなるのですか。今週から面白くなるか、今週こそ面白くなるかと毎週見続けているのですけれど、いっこうに面白くなる気配がない。どうやら隕石事故なるものがあり、そのトラウマから脱し切れていないお姉さんと、仮面ライダーに変身するお兄さんが恋仲になるみたいやけれど、ならんようでもある。その仮面ライダーになるお兄さんを、仮面ライダーに選んだのは何者なのか何でなのか、今週もヒントの一つ出すでなし。
 「轟轟戦隊ボウケンジャー」はまだ面白いけれど、メンバーのキャラクターがまだはっきりしてへん。これはまだ2回目やから今後に期待ね。宝探しという着眼点は面白い。SFファンとして知られる斉木しげるさんが博士役で出演してるから、もしかしたら撮影現場でいろいろと演出に関するアイデアを出したりするかもという期待もできる。戦隊ものというのは、脇に渋い役者さんを上手に使うね。予算が「仮面ライダー」よりもええんやろか。
 というわけで、「仮面ライダーカブト」は来週あたりから面白くなってくれんと見るのをやめるぞ。あ、玩具を買わんおっさんが一人見るのをやめたくらいでは脅かしにもなんにもならんか。ただ、つまらなんでもとりあえず見るというのは、見ないと批判も書かれへんからという実にネガティブな理由があるからです。どこかで限界がくると思うけど、そこまでは根比べやな。そこまでして見るかねえ。と、自分でも思う。

2月27日(月)

 脚本家の佐々木守さんの訃報に接する。享年69。死因は膵臓ガン。
 子どもの頃から知らず知らずのうちに佐々木守さんの作品に接していた世代やね、私は。脚本でいえば、「ウルトラマン」「怪奇大作戦」「シルバー仮面」「アイアンキング」「おくさまは18歳」とくる。いやまあ、「ウルトラセブン」幻の12話や「怪奇大作戦」の話ならば他のSF系の日記で書いている人も多いかと思う(「京都買います」は名作!)ので、私は「アイアンキング」について少し思い出を書く。
 主人公(石橋正次)は変身しない。変身するのは横手でどんくさいことばかりしている眼鏡のおっさん(なんと浜田光夫! 後に若い頃は吉永小百合の相手役を数多くつとめてたことを知って驚いた)である。そのおっさんがアイアンキングに変身するけれど、ろくに戦わんうちに主人公にええところをとられてしまう。しかも、水分をエネルギーにしているから、変身を終えたら眼鏡のおっさんは「水、水!」とかいうて水道やら水筒からかぶがぶと水をひたすら飲むのである。こんなけったいな変身ヒーローは、空前絶後やろうと思う。しかも、内容はというと、これが大和民族に先住民族が復讐するというこれまた大胆な設定なんである。今思うと、佐々木守さんは「お荷物小荷物」でやろうとしたこと(こちらは沖縄出身のお手伝いさんが主役やったけれど)を変身ヒーローの力を借りてやろうとしていたのかなと思う。敵方のスパイとして主人公と同行していた謎の女性の存在も、陰があってどきどきした。その頃はわからなんだけれど、後から「古事記」や「日本書紀」などを読んでみると、佐々木さんが「アイアンキング」に託したメッセージがわかってきた。マイノリティとマジョリティという概念をはっきりと子どもの心に刻印したわけです。「シルバー仮面」もそうやね。
 しかし、こうやって書いていくと、佐々木守さんの仕事というのは、昭和という時代ならではの「色」があるなあ。昭和も遠くなりにけるかも。
 謹んで哀悼の意を表します。

2月28日(火)

 あれは中学に通っていた頃やったと思うけれど、あまりに運動不足なんで、夕方に散歩をするという習慣を続けたことがある。叡山電車の茶山駅の近くから疎水べりの土手に散歩道が作られていて、そこをぽこぽと歩き、「哲学の道」まで行って、折り返して帰るというルートやった。
 初めて歩いた時は時計を見ながらどこまで歩いて折り返したらええのかとそんなことばかり考えた。翌日歩いた時には、昨日はかなり遠くまで行ったはずやのに、意外と近くで引き返してるんやなあと感じた。その次の日は、景色も少しずつ目になじみ、どこにベンチがあるかを確認してそこでひと休みしたりした。「哲学の道」とはようつけたもんで、歩き慣れると、道々いろんなことを考えるようになった。当時はウォークマンなんていうしゃれたものはもちろんなかったし、あっても中学生ごときに手がだせるようなもんやなかった。そやから、景色を見たり考え事をしたりでけたんやと思う。
 今でも覚えているのは、帰り道、家がかなり近くなったところで疎水にかかっている橋を渡りおえ、何気なく赤く染まりつつある西の空を見た時のこと。
「将来めぐりあうかもしれん私の未来の伴侶も、どこかこの空の下にいるのかしらん」
 何でそんなことを考えたんやろうね。特に「彼女がほしい」なんていうようなことは強烈に考えていたわけやなし、性的な欲求にさいなまれて悶々と眠れぬ夜を過ごしていたわけでなし。
 今日の帰りしな、駅前から携帯で妻に「帰るコール」をしたあと、ふと空を見上げたら、そんなことを思い出した。なんでそんなことを思い出したのやら。記憶というのは面白いもので、そうやって思い出し始めると、数珠つなぎのように忘れていたことが頭に浮かんでくるもんです。
 ところが、その散歩は何がきっかけでいつ頃やめたのか、その記憶は出てこない。これも記憶というものの不思議なところやなあ。まるで写真を撮ってアルバムに貼りつけたように、西の空を見上げたことだけが思い出されるのです。


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