ぼやき日記


1月21日(水)

 学校の教材用にVTRを買う。「労働戦士ハタラッカー さくれつボンバー編」というバンダイから出ているものである。
 様々な職業を紹介した教育用ソフトというのは、概して面白くないものが多いのだが、このVTRは違った。コンセプトがいい。
 ”みんなの生活のため、日夜戦い続ける労働戦士たち。かれらはマシンやアイテムをたくみにあやつり、むずかしい仕事にたちむかう勇気あるヒーローなのだ! そう、かれらの名は「労働戦士ハタラッカー」! 君たちの未来の姿なのだ!”
 というわけで、18人のハタラッカーたちを緊迫感あふれるナレーションととんでもない効果で紹介している。たとえば”保母マン”は、ピアノで子どもたちを催眠状態におとしいれ、手拍子を打たせるのだ。さらにピアノのペダルを踏むとそこから光が出て子どもたちを踊らせてしまう! タクシーマンの目からビームが出ると、それは手をあげた乗客をとらえて世界の果てまでも届けてくれる。スタミナ鮮隊・うなぎ屋マンは3人組だ。うなぎをさばく”刃”、串を刺す”槍之助”、焼き上げる”炎”と名前までついている。
 このVTRはテレビ東京系の「くりンちょリンぱリン」という幼児番組の一コーナーをまとめたものだそうだが、民放の幼児番組には昔からばかにできないセンスのものがあり、これもそのひとつだろう。確かにこれは子ども向けに作られたものだ。しかし、構成や演出は、完全に大人のセンスなのだ。子ども向けではあるが、子どもだましではない。
 こんなVTRを見て育った子どもはどのような大人になるのだろうか。末恐ろしいではないか。しかもこれはバンダイのVTR「ウルトラマン」シリーズの棚にひっそりと紛れ込んでいたのを、玩具店で見つけたのだ。小さな子どもをお持ちの方はぜひお探しあれ。子どもよりも親が必死で見てしまうこと請け合いである。

1月22日(木)

 私の勤務している学校で、今週のはじめから体力づくりの一環として「マラソン週間」というのが始まった。毎朝5〜7分ほどグランドを走るのである。私も生徒の伴走という形などでいっしょに走ることになった。これがきついのなんの。ふだんから運動をしていないので、いきなりこういうことを始めると、すぐに体が悲鳴をあげる。
 初日は軽く流したのだが、それでも翌日身がいって腹筋や大腿筋が痛い。次の日は伴走ではなく単独で走った。かなり気合いを入れ、割とペースの速い生徒について走ってみたのだが、途中で苦しくなってしまい、結局最後まで走り切れずに歩いた。これはいかんと、その次からは歩くよりちょっと速いというペースにして、なんとか毎日続いている。
 実はここのところ体重を計っていないのだ。少し肥えてきているみたいで、計るのが恐い。走っていれば多少はシェイプアップになるかもしれんと思ったりもする。でもねえ、休憩時間に、疲れたから甘いものが欲しくなったといっては、チョコレートやなんかをばくばくと食べていたんではなんにもならんな。
 「マラソン週間」は2月中旬まで続く。こうなったら運動不足の解消のため、毎日しっかり走ることにしましょう。問題は走った後の間食と、「マラソン週間」終了後にまた走らなくなるということだ。ま、それは考えないことにして、と。

1月23日(金)

 たいしたことではないのだが、気にかかることがありましてね。
 みなさんは「トマト」という歌をご存知でありましょうか。
 「トマトってかわいい名前だね。上から読んでもトマト、下から読んでもトマト」
 作詞・作曲は大中恩という方。
 なんでこの歌が気にかかるかというと、まあ、学校で生徒と歌の話をしていたわけである。それで、この歌を話題に出したら、「知らない」と言われたのだ。そこで、20代前半の大学を卒業してまだ1年たたないというような音楽の先生に「知ってるでしょ」ときいたわけだ。そしたら、「知らない」と言われてしまった。うわわわ、この歌はメジャーだと思っていたら、実はマイナーだったのか。いやいや、世代間のギャップということもある。そこで20代後半の同僚(男性)にたずねてみたら、「知ってる」と口ずさんでくれた。そうかそうか、これは単に世代間ギャップだったのだと勝手に納得し、念のために妻にきいてみた。妻は私と同世代である。知っていて当然であろう。
 「なに、その歌。そんなん知らんよ」
 げげげ。知らない。世代間ギャップというわけではなかったのだ。この歌は誰でも知っているものと思い込んでいた私が独善的であったのだろうか。
 以前にも同じようなことを書いたかもしれないが、人は往々にしてこのたぐいの間違いをしでかしやすいものだ。自分が知っていることぐらい、ほかの人たちだって知っているという思い込みである。しかし、まさか、「トマト」の歌がそうだとは思いもよらなかった。
 もしかしたら、「犬のおまわりさん」とか、「おなかのへるうた」とか、小さい頃に聴き親しんでいた歌は、実は自分だけがそうだったのかもしれないという疑心暗鬼にとらわれてしまう。
 そこで、ここを読んで下さってるみなさんにお願いがあるのだが、「トマト」の歌をご存知かそうでないか、できれば教えていただきたいのだ。私はこの歌は誰でも知ってるメジャーな曲だと思い込んでいたのだが、ほんとはそうではなかったのか。
 いや、たいしたことではないのですがね、何か気になるとどうもお尻が落ち着かない。もしおひまでしたら、こちらまでよろしくお願いします。

1月24日(土)

 今日は寒かった。日は照っているのだが、寒風吹きすさびせっかく干した布団もかえって冷えてしまう。床屋へいったはいいが、襟首がすーすーしてたまらん。
 我が家の壁はコンクリートにペンキを塗っただけという夏暑く冬寒い部屋。ファンヒーターを一日中つけていたが、室温があがらない。それでも外から帰ってきたらまあ暖かい。座って本を読んでいると、だんだん体が冷えてくる。なんで部屋の中でダウンジャケットを着てなならんねん。
 ところで、私は毎日原チャリで通勤しているのだが、困るのはこの寒さだ。朝、単車で淀川を渡ってごらんなさい。45分も風にさらされてたら、体が冷えない方がおかしい。そこで、私はカイロを愛用することになる。「桐灰きんきらきん・はる」がいい。一気に高熱を発し、すぐに冷めるものが多い中で、これは熱の持続時間が長いのだ。どこに貼るかというと、背筋の一番上である。肌に直接貼ってはいけませんよ。下着に貼るんですよ、念のため。
 以前勤務していたところで養護教諭の先生に、「どこを温めたら寒気を感じないようになりますかね?」ときいたことがある。返ってきた答えは、「首筋から背筋のあたりよ。マフラーもここから風が入らんようにしたら効果的」というもの。
 そこでさっそくカイロを下着の背中に貼りつけてみた。これが効くのである。確かに手足などは冷えている。でも、寒さに震えることがない。よって、寒い日に外出する時は必ずそうすることにしている。
 寒さに苦しんでいらっしゃる方はぜひお試しあれ。ふだんはろくに役にたたないことばかり書いている私だが、たまには実用的なことも書くのである。

1月25日(日)

 「S−Fマガジン」3月号が送られてくる。今月号は年間回顧特集。1997年の年間ベストSFの発表である。私も投票しているが、私の入れた本はベストテンにかすりもしない。だいたい私の入れた本で他の人と重なっているのは「炎都」「禍都」(柴田よしき)と「ブルーマスク」(菊地秀行)だけなのである。ベストテンに入っているもので私が読んでいたのは「ライトジーンの遺産」(神林長平)のみだから、お話にならない。つまり私は昨年はまるでSFを読んでないのである。なんたることか。
 ところで、投票された方のコメントで、気になったものがありまして。
 「シミュレーション小説など私にとっては読むにたえぬもの、とあえて決めつける。これは、というものがあったら読んだ方に教えていただきたいものだ。」(斉木しげるさん)
 「読むにたえぬもの」と決めつけていただいてもけっこうです。架空戦記でまっとうなSFというのは、昨年に関してはなかったと言っていいでしょう。そこらへんは私の書いた「年間回顧」を読んでいただいて判断してもらえれば、と思います。「読むにたえぬもの」を読んで紹介してる男がここにいるということを知っていてもらいたいのですが。
 「ますますもってジュヴナイル(というかYAというか)およびシミュレーション戦記ものばかりがのさばっていますが……まぁ、別にいいんですけどね。」(矢口悟さん)
 「のさばっています」、というのはあまりいい語感じゃないなあ。「のさばって」いるものを読んで紹介してる男がここにいるということを知っていてもらいたいのですが。売れているから優れているとはいいませんが、私が書評欄で紹介したものくらいは読んだ上でこのように書いておられるのか、それとも書店で平積みになっているのを見て嫌悪感を感じておられるのか、どちらか知りたいところ。
 ジャンル書評の本を読むのに手一杯で、「本格SF」を読めなかった書評家としては、なんともいいようがありませんが、こういうコメントを読むと、自分のしていることがなんとなく空しく感じられてならないのでありますね。幸い、「参考にしています」というメールをこのページの読者の方からいただいたりするので、なんとかもっていますけれども。
 今日は愚痴ばっかりだ。よくないよくない。

1月26日(月)

 今私が勤務している学校は「分教室」といって、独立した学校ではない。しかし、この4月からは正式に独立し、新設の学校となる。毎日、授業や学校行事と並行して新学校への準備をしなければならないのだ。
 私が今担当しているのは図書室に入れる図書の選定と、そして標準服や通学路の選定といった仕事である。図書については、自分の趣味のものをがんがん入れてやろうなどと考えていたが、予算が少なく基本的なものしか入れられなかった。問題は、標準服である。
 私は制服とやらが嫌いである。どうしてみんな同じものを着て平気でいられるのであろうか。制服のデザインで進学する学校を決める者がいるというのに至っては、まあ好きにしたらとしかいいようがない。養護学校ではたいていの教師がジャージと呼ばれる体操服を着用している。私は極力それを着ないようにしている。着任早々あるヴェテランの教師に「ジャージは私たちの制服よ」と言われたからである。必要があってみんな体操服を着ているのに、それを「制服」などと言う神経がわからない。「制服」だから着るというのなら、そんな理由では着たくはない。
 そんな人間だから、新学校には制服などなくてもいいと思っている。私といっしょに担当しているメンバーも、自由服にしようという考えの持ち主である。しかし、我々が決めたことがそのまま決定というわけにはいかない。管理職は「標準服」が必要だと考えており、その裁可が降りなければ決定しないのである。そこで、とりあえずブレザーとスラックスという「標準」だけきめることにした。形はどんなものでもいいのだ。むろん、「標準」であるからして、トレーナーにジーパンで登校したとしても罰則も設けず、指導もしない。養護学校の場合、すぐにパニックを起こして服を破る生徒もいればよだれで辺りをべとべとにしてしまう生徒もいるから、標準服を絶対的なものにしてしまうとかえってやりにくいことも多いのだ。
 しかし、カタログを見てると、最近の学生服というのはお洒落ですねえ。カタログだからページごとに服が違うので見ていても面白い。でも、それか何百人も揃ってるところを想像すると、ゾッとしてしまうのだ。まあ、制服が好きな人もいるのだから、そういう人が見たら気持ちがいいのかもしれないけれど。

1月27日(火)

 アクセスカウンターの数字が8000を突破!これもみなさまのおかげです。まさかこんなに早くカウントが増えるとは思ってもいなかっただけに、毎日愚にもつかぬぼやきを読んで下さっているみなさんには感謝の言葉もありません。1月23日の日記に書いた「トマト」の歌についてもこちらが想像していたよりも反響がありました。近々まとめて発表するつもりです。

 バックナンバーのリンク先に(1月上旬)間違いがあるとのご指摘をうけ、さっそく直しました。まったくもってどんくさい。京都の近藤雅子さん、ありがとうございました。ご迷惑をおかけしました。

 そろそろ「S−Fマガジン」の書評の締切がやってまいりまして、原稿を書いてしまわなければなりません。私の場合、締切は隔月に来るので、先月「年間回顧」を書いたこともあって、なんとなく今月は書かなくていいような勘違いをしてしまいそうであります。でも、締切は間違いなく来るのでありますね。
 だいたい今時分になると「S−Fマガジン」の編集長から電話がありましてですね、今回は何が目玉かというようなことを聞いてくるわけです。その時点で何を取り上げるかはもう決めてはいるのですが、細かなところまでは考えていない。書影を入れる関係もあって、重要な作品は伝えておかなければならないわけです。ここでいいかげんなことを言うと、後で書く時に苦しむのは自分ですから、もうそろそろ考えておかなければならないわけです。ところが、今回はまだその目玉すら決めていない。これはいかん。
 このサイトの「読書感想文」のページをお読みの方ならばお気付きかもしれませんが、読んでいる本の奥付の発行日はまだ11月下旬や12月上旬であります。新刊書の書評家が2ヶ月遅れの本について書き、雑誌が出るのはさらに一月後。まずい、これはまずい。だからといって仕事を休んで1週間ほど本を読みまくるというのもできませんからね。
 今回はともかく、次回にはなんとか一気に滞貨解消といきたいものです。1日2冊くらいのペースが必要かも。そんなこと、どうやってできるねん。
 とにかく、読んで読んで読みまくりますよ。再来月までには読んだ日付けと発行日が一致するようにしたいものです。

1月28日(水)

 景山民夫さんが亡くなられた。私は景山氏の熱心な読者とは言い難い。「遠い海からきたCOO」ですら読んでいない。ただ、「食わせろ!」(講談社)という山藤章二さんと組んだエッセイ集や「週刊朝日」に連載されていた「だから何なんだ」(朝日新聞社)などを読んで、その感覚の鋭さは評価していた。もっとも、エッセイ連載中にえらく説教臭くかつ凡庸な文章に変わってしまい不審に思っていたら「幸福の科学」の広告塔となっていて、それ以降は氏への関心がなくなっていたのだ。
 今朝の「日刊スポーツ」(大阪版)の一面見出しが凄い。
 「景山民夫さん 爆死!?
 おいおい「爆死」はないだろうよ。まるでテロの被害にでもあったみたいではないか。同紙の記事によると、プラモデルを作りながらたばこを吸っていて引火し、一酸化炭素中毒を起こした上に、プラモデルのスプレー塗料か何かが一気に燃えたそうだ。スプレー缶なら爆発してもおかしくない。
 私が妙なところで考えさせられたのは、小川知子さんの追悼コメントである。ごぞんじの方もいらっしゃるだろうが、彼らは同じ「幸福の科学」の信者で写真週刊誌「フライディ」(講談社)への抗議活動の先頭に立っていた。
「みなさんがご存じのように、私たちは信仰というものを持ってます。死というものはそこで終わりという訳ではないと認識しています」
「景山さんが亡くなられた時、景山さんが病室の中で天使に囲まれて光のドームを上がって行くのが見えた。その瞬間、テレビのニュースで(景山さんの死が)ニュースが流れた。景山さんの今世の使命は終わって帰られた」(いずれも同紙より。原文ママ)
 宗教というものが「死」への恐怖を克服するという要素を持っていることは多いが、これでは「死」の恐怖から目をそらしているように感じるのは私だけだろうか。来世を信じるのは勝手だが、「今世の使命」を他人が「終わって」などと決めつけてよいものだろうか。どこに帰って行ったのかは信者でないとわからないのだろうが、プラモデルの塗料にたばこの火が引火して一酸化炭素中毒になるというような形で帰るのが本人にとって幸福なのかどうか。
 これが彼らなりの個人を悼むコメントなのだろうが、「親しい友人がいなくなるのは震えるような寂しさです」(同紙より)と言いながら不慮の事故による死を「天使」だの「光のドーム」だのといったタームで美化してしまうという感情は、彼の死を受け入れる装置としてはうまく働いているのかもしれないのだろうけれども、私は共感できない。
 私もいつかは死んでしまうわけだが、天使たちも光のドームもいらないから、「まだ使命は終わっていなかった」と言ってもらいたいものである。もっとも私の使命が何であるかは私にもわからんのだけれどねえ。

1月29日(木)

 養護学校ではチームティーチングを昔から行っている。前任校は中学校で、もちろん授業は一人でやる。だから、現任校に赴任した頃はなにかととまどったものである。専門外の教科となると、もともと知識がないのだから主担当の教師の指示通りに動くしかない。障害の重い生徒につきっきりとなり、その生徒が授業を理解する手助けをするという形になる。そのためのチームティーチングなわけだが。
 時間割の組みようによっては、体育のようにてんで自信のない教科に入らなければならないこともある。幸い今年は体育からははずれた。
 今年初めて入ったのが家庭科の授業である。これが実にありがたい。調理実習が多く、夕食を作る時におおいに役立つのだ。というのも私は結婚前はまともに料理などしたこともなく、料理の入門書を見ながら全くの我流で夕食を作っていたからだ。それでも本に書いてあるとおりに作っていればそれなりに食べられるものを作れたのだからたいしたものだが。家庭科の授業で生徒といっしょに調理実習をしていると、基礎が身につくので助かる。
 教師というより、生徒といっしょに授業を受けているようなものである。そんなことでいいのかという気もしないではないが、私みたいな者を家庭科の授業に組み入れた時間割担当者の責任であるからして、気にせず給料をもらいながら授業を受けているのだ。まったくもってありがたいことである。

1月30日(金)

 1月28日の午前中、栃木県の中学校で女性教諭が刺殺される事件があった。犯人は中1の男子生徒。
 1月29日付の朝日新聞によると、くだんの男子生徒は体調不良を訴えて保健室に行った後、熱もないので教室に戻るように養護教諭に言われてトイレで時間をつぶしてから10分ほどの遅刻で授業に入ったという。よほどその授業を受けたくなかったのだろう。
 私は授業を受けたくなかったらずっと保健室にいさせてもよかったと思うのだが、まあ、養護教諭にしたらあんまりいつづけられても困るわな。
 さて、殺された教師の方だが、授業が終わってから再度廊下でその生徒に注意をしたのだそうだ。見ようによっては熱心な教師といえるのかもしれないが、しつこい教師ともいえる。まあ、これがあだになったわけだ。彼は普段から持ち歩いているナイフを取り出して脅し、恐がらないのでかっとなって犯行に及んだという。報道では、「まじめで目立たず、不良とつきあうワルではない」と校長が言っているが、なに校長がそんな生徒のことを知っているわけがない。担任か学年主任あたりから聞いたままをスポークスマンとして言っているだけであろう。
 まじめで目立たないのは外見の問題。内面ではどうなのかはよく観察していないとわからない。3学期に入ってから保健室によく行くようになったというから、この生徒は既にサインを発していたのである。彼はカウンセリングを求めていたのではなかったか。
 それに気付かなかった教師の怠慢を責めるわけではない。まさか人殺しをするとは思わんだろう。ただ、刃物を取り出した時点で、この教師は逃げるべきだったろう。実際に刺してくるとは思わなかったに違いないが、人間という者は丸腰の時と武器を持っている時とでは人格が変るものなのだ。ところが彼女は「なにやってんのよ」と言ったそうだ。私も経験があるが、教師というものはこういう時には毅然としなけばならないと思うものなのである。「なめられてはいけない」という心理が働くのだ。それがかえって相手を挑発してしまうことを私は定時制の講師をしていた時に学んだ。私の場合は椅子を振り上げられただけですんでよかったが、それでも恐かった。恐いですよ、あれ。身の危険を感じたら、逃げることが大事だ。相手は武器を振り上げた時点で理性を失ってるのだ。なめられたっていいではないか。教師という役柄を無理に演じようとするからそうなる。こうなったら先生も生徒もない。
 生徒はしきりにサインを出していた。教師は教師らしく毅然とした態度をとろうとした。そこに不幸が起こったと見るべきなのだろう。同業者としては同情せざるを得ない。彼女もきっと内心は恐くてたまらなかったんじゃなかろうか。

1月31日(土)

 石ノ森章太郎さんの訃報に接する。60歳は若すぎる。リンパ腫を患っていたとのこと。さぞかし苦しかったことであろう。
 私は手塚治虫ファンであるが、「サイボーグ009」「仮面ライダー」などなど石ノ森さんのマンガで育った世代である(当時は石森章太郎)。「仮面ライダー」を「ぼくらマガジン」(そういう雑誌があったのです)で読んでいたら、TVとは全然違った面白さがあり、両方とも楽しみにしていた記憶がある。
 石ノ森さんのヒーローものには共通点があった。優れた力を持っているが、それは自分でかちとったものではなくて、他者から押し付けられたものである。その力を得たが故に失ったものも多く、特にそれは家族であるとか平凡な生活といったもので、ヒーローたちはヒーローであることよりも平凡であることを望んでいる、といったところだ。
 その孤独感が、子ども心にはずんと応えたですねえ。特に「サイボーグ009」。「誕生編」から「地下帝国ヨミ編」あたりまではもう傑作としかいいようがない。「秋田文庫」で手に入るので、未読の方にはお薦めである。「仮面ライダー」も「中公文庫」から出ている。
 私にSFの面白さを教えてくれたのは、手塚さんや石ノ森さんのマンガであった。当時はSFなんて言葉は知らなかったけれど、知らず知らずのうちにSFマインドというものを植えつけていってくれたのだなあと、今になって思う。最近は「マンガ日本の歴史」みたいな実用的な仕事が多かった。しかし、「マンガ日本の歴史」は石ノ森さんの作品としてみればそんなに凄いものではないけれど、それまでの子ども向きの学習マンガとは違い歴史のドラマ性を全面に押し出し、それなりに楽しめた。そこらへんは天性の才能とでもいうのだろうか。でも、できれば「サイボーグ009・天使編」を先に完結させておいてほしかったと思うのは私だけだろうか。
 石ノ森章太郎さんのご冥福を慎んでお祈りいたします。


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