下町情緒を描かせれば随一という半村節。その特質を十二分に生かしながら、市井に生きる超能力者岬一郎の数奇な運命を描く。
彼は人の心を読み人を死にいたらしめる力を持ち癒しの力を持つ。最初は暖かく彼の力を受け入れていた人々が、しだいしだいに自分たちの欲を満たしてほしいと願うようになる。巨悪を暴くためにその力を利用してほしいと思う元ジャーナリストを中心に、岬一郎という存在を通して人間の欲望というもののありようをきめ細かな筆到で明らかにする。
岬一郎は無私の人である。誰かに利用されようとも思わず、自分の力を利用して君臨しようともしない。彼はついには権力から狙われるようになり、かつては彼を守ろうとしていた人々からも異物として排除されていく。
岬一郎は逍遥として運命を受け入れていく。一人の「神」の存在を通じて人間社会を描ききった傑作。
(「S−Fマガジン」1998年2月号掲載)
附記
「S−Fマガジン」通巻500号記念特集で発表された「SFオールタイムベスト」の作品紹介を、という依頼を受けて書いたもの。