ブック・レヴュー


増幅、変貌する魔界都市の転換点(ターニング・ポイント)

 スター・システムという言葉をご存知だろうか。映画の黄金時代は、トップスターがまずいて、その役者に合わせて企画・脚本・監督が決められたのである。また、手塚治虫はヒゲオヤジやロック・ホームなどの同じキャラクターを役者さながらに作品に配した。大の映画ファンであった手塚ならではのシステムである。
 私は『魔界都市ブルース』シリーズを読んでいると、どうもこのスター・システムを連想せずにはいられないのだ。もちろん、小説であるから映画や漫画のようにひとつのキャラクターをいろいろな役柄で使い回しするというわけにはいかない。が、菊地秀行は同じ魔界都市を舞台に複数のシリーズを書いており、まさにスタートもいうべきキャラクターたちがずらりとそろっている。
 本作品の主役である秋せつらはもちろんのこと、ドクター・メフィストはこのシリーズから独立した『魔界医師メフィスト』で主役を張っている。『魔界刑事凍らせ屋』では区外からやってきた刑事、屍刑四郎がもちろん主役である。
 それだけではない。短編集の『魔界都市ブルース』では情報屋の外谷さんが主役を演じることもあるし、強欲な魔女トンブ・ヌーレンブルクも、孤独な吸血鬼である夜香もまた、それぞれ主役というべきエピソードを持っている。
 この『ブルー・マスク』では、別々のシリーズの主役である秋せつらと屍刑四郎が始めて共演している。そう、まさに共演である。二人の主役が、いや、メフィストを加えれば三人の主役が、自分こそが真の主役だと鍔ぜりあいを演じているのだ。
 これは菊地秀行が熱烈なホラー映画ファンであることを考えれば、意識的にそうしていることが容易に想像できる。活字で映画を監督しているような、いやそれだけではなくプロデューサー、脚本、撮影に編集、全てを一人でやるという贅沢な気分を味わっているに違いない。
 主役が魅力的な映画でも、脇役に人を得なければ傑作とはなり得ない。クリストファー・リーのドラキュラ映画にピーター・カッシングのヘルシング教授が不在であったとしたら、あのシリーズは成立しない。
 この『魔界都市ブルース』ではリーとカッシングのように秋せつらとメフィストは欠かせない。『魔界医師メフィスト』ではメフィストは単独で登場するが、そこにせつらがいないことに物足りなさを感じるのは私だけだろうか。
 もちろん、すぐれた映画シリーズではビッグゲストが必要である。この『ブルー・マスク』では、仮面の男左京良彦とその妻真美枝がそれにあたる。自らに降りかかった悲惨な運命の恨みを晴らすべく冥府から蘇ったこの夫婦の持つ重みが本書をささえていることはいうまでもない。さらに、悪辣な適役小西、物語に彩りを添える可憐な花には左京恵美、全ての鍵を握る面打ちの名人黄泉藤吉、物語をかき回す活発な少女小西みかげ。このバランスのとれた配役の妙!
 『魔界都市ブルース』の長編シリーズ第7作目にあたるこの『ブルー・マスク』は、『魔王伝』、『夜叉鬼伝』、『死人機士団』と並ぶこのシリーズ中ベスト5に入る傑作である。それまで吸血鬼やフランケンシュタインの怪物など、古典的ホラーへのオマージュともいえるものが多かったこのシリーズで、和式の“仮面”を用いているというあたり、本作がシリーズの転機になったといってもいいかもしれない。
 なによりも、強者が弱者を踏みにじることが日常茶飯事なこの世界で、踏みにじられた弱者が強大な力を使って強者に復讐をするという展開に、本作がこのシリーズの中でも特別なポジションを占めているのを感じさせる。
 また、作者はこの“仮面”という題材が気に入ったのだろう、本書の後『死仮面 上・下』(ノン・ノベル)というこちらは“仮面”にとりつかれた男の悲劇を色濃く描いた作品を上梓している。
 “仮面”の魅力とはなんであろうか。人は仮面をかぶることにより、別人と化することができる。石ノ森章太郎原作のテレビシリーズ『仮面ライダー』は、仮面をかぶることにより“変身”するというコンセプトを貫いている。“仮面”には表情がない。しかし、能楽を鑑賞された経験のある方ならおわかりだろうが、“仮面”ほど雄弁であり表情豊かなものはないのである。それは、能役者の演技を受けて刻々と変化していく。能役者が演技をしているのかそれとも能役者が“仮面”に操られているのか、次第に区別がつかなくなってくる。“仮面”そのものに命があるかのように思えてくる。
 菊地秀行が本書、そして『死仮面』で描こうとしたものはそういった“仮面”の魅力ではなかったか。あの魔界医師メフィストでさえ、その魅力にはあらがうことができないほどに。〈凍らせ屋〉屍刑四郎が太刀打ちできないほどに。〈私〉となった秋せつらが手を出しかねるほどに。
 この『ブルー・マスク』以後、『魔界都市ブルース』のシリーズは微妙に変貌していく。短編のシリーズでは、本書の左京良彦同様、この町では踏みにじられるべきであった弱者たちがせいいっぱい自分の生を主張するエピソードが目につくようになり、そうでない場合は『紅秘宝団』のように奇抜な設定で暴走気味のゲストキャラクターが暴れまわるものが目立つようになる。それらの作品では秋せつらたちは傍観者とならざるを得ない。
 さらに新シリーズの『魔界都市ノワール』では秋せつらのいとこ秋ふゆはるが主役として登場し、また少年時代の秋せつらを主人公としたエピソード「青春鬼」も開始された。
 したがって『ブルー・マスク』は、『魔界都市ブルース』のスター・システムが最も輝いた瞬間であったといえるかもしれない。
 現時点では、新宿を魔界に変えた〈魔震〉の正体はいまだ解明されていない。本書と並行して書かれた『〈魔震〉戦線』では〈魔震〉そのものの計り知れない深遠を垣間見せてはくれたものの、その正体に行き着くことはできなかった。
 これから『魔界都市ブルース』はどこに行こうとしているのか。実は、それを示すヒントが本書『ブルー・マスク』ではないかと私は考えているのだ。魔界によって踏みにじられた弱者たちが黄泉の国から反撃を開始したこの作品こそが、〈魔震〉の底知れぬ力に対抗できる世界があるということを示唆しており、いずれ〈魔震〉の謎が解ける時には、その存在がクローズアップされることが予想されるからである。しかし、その日が来るのはまだ先でいい。今はこの魅力的な世界に浸り続けていたいのである。
 ところで、これは余談ではあるけれど、私の知人で結婚して男の子が産まれたら「せつら」と名づけたいという女性がいた。結局は普通の名前をつけたわけであるけれど、実は本当にそんな名前をつけてはくれないかと不謹慎にも期待してしまっていたのである。だってそうではないか。名は体を表すという。そして、子どもの名前には親の期待がこめられているのだ。秋せんべい店の店主のような人物に成長するかもしれない。惜しいことをした。
 それにしても女性ファンにそこまで言わせる秋せつら。彼こそはやはり魔界都市の最大のスターなのである。

(二◯◯二年十月記)

(「ブルー・マスク 完結編」菊地秀行著〈祥伝社文庫〉解説)

附記
 久々の文庫解説ということで、けっこう気合いが入った。実は、日本人作家の文庫解説は、本書が初めてであった。


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