ブック・レヴュー


ブラック・ジャック

 無免許だが手術の腕は天才的な外科医、ブラック・ジャック。
 高額な手術料を取るが、時にはただ同然で治療することもある。常に黒のコートを着用し、髪は半分が白髪、顔には皮膚移植の跡が大きく残っている。幼い頃不発弾の爆発事故に巻きこまれ母親を失い、彼を見捨てた父親は愛人とマニラに住む。
 家族は、畸形嚢腫を合成繊維で組み合わされて生み出した少女ピノコ一人。
 ライバルには安楽死専門の医師ドクターキリコや外科手術を否定する鍼師琵琶丸などがいる。
 彼のもとには世界中から様々な患者が訪れ、馬の脳を人に移植したり、幽霊、ミイラ、宇宙人を手術したことさえある。患者それぞれに様々なドラマがあり、冷酷なメス捌きの中に熱い人間ドラマが繰り広げられる。
 手塚治虫漫画家生活30年を記念して連載が開始されたこの作品だが、当初は5回程度で終了の予定であったという。しかし、医学博士でもある手塚の医療への思いやこれまでの代表作の主人公たちが特別出演する豪華さなどで評判が高まり、ついには手塚作品を代表するものとなっていった。
 特筆すべきは全242編のほとんどが読み切り短編であるにもかかわらず週刊誌連載という形で発表され、いずれも高い質を保っていることである。
 医療関係者からの抗議やマンネリという読者の声により、意欲を減退させ連載を終了したと手塚自身が書いているが、愛着のあるシリーズとして、その後も10数本の単発作品が発表されている。
 初出は「週刊少年チャンピオン」。1973年〜78年まで連載され、その後の単発作品は79〜83年まで続いた。
 人気作品のため映像化も多い。
 最初は77年に映画「瞳の中の訪問者」(監督・大林宣彦、BJ役・宍戸錠)が片平なぎさ主演で製作され、81年、テレビ朝日系で「加山雄三のブラック・ジャック」(BJ役・加山雄三)が連続ドラマとして放送された。
 93年から虫プロ出身の出崎統監督によるOVAが発売を開始、96年には劇場版も公開されている。
 94年には宝塚花組公演で舞台化された。
 実写では、その後原作のストーリーを忠実に追ったビデオ版(BJ役・隆大介)が96年より、かなりアレンジしたテレビ版(BJ役・本木雅弘)が2000年より数本製作され話題をまいている。
 93年のラジオドラマや2001年のインターネットのホームページでの新作アニメなど、これほど幅広いメディアで展開されている手塚作品は他にない。これも作品のもつドラマ性の高さによるものだろう。
 手塚治虫のヒューマニズムを代表する作品として現在でもその人気は衰えるどころか新たなファンを生み出しているのである。

(「SF Japan vol.3」2002年1月冬季号掲載)

附記
 「SF Japan」の特集「手塚治虫スペシャル」で、現役作家による手塚作品のリスペクトが行われた。その際、元の作品を読んだことのない読者のために、私が各作品の解説を書くという大役を依頼された。作品のあらすじ、初出誌、アニメや映画になったことなどももれなく書くようにという注文で、このためにそれぞれの作品を全て読み返した。かくしてできあがったのが、この文章。
 メディア展開の紹介に稿を裂き過ぎたきらいはあるが、なにしろ読み切り連載の作品なので、ひとつひとつのエピソードを細かく紹介することができず、こういう形にまとめざるを得なかった。その後、2004年のテレビアニメ化(手塚眞監督)もあり、さらに新たなファンを獲得しそうである。もっとも、ここまで繰り返しあの手この手でメディア展開し続けているということは、決定版ができないということでもあり、原作がいかに素晴らしいかを逆に物語っているかということを示しているようにも思う。


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