藤木稟の伝奇ＳＦには驚かされる。お姐さんそこまでせんでもええやないのと思わず懇願したくなるほどに、そらもうあなたあれもありこれもありと様々な要素をぶちこむ。かわいそうなのは主人公で、そこまでひどい目に合わせなくてもいいではないかというくらいぼろぼろのぐちゃぐちゃにされる。その結果どうなるかというと、何が現実やら幻やらわからんというところまで連れていかれてしまうのである。
デビュー当初の〈探偵朱雀〉シリーズはぐっちゃんぐっちゃんになるかと思いきやあれよあれよという間にミステリ的解決がなされるというもので、そのためにミステリ作家として人気はあったもののＳＦとは縁遠い作家というレッテルづけがなされてしまっていたわけだが、よく考えてみたらそういう設定をミステリ的解決にまとめあげるという力量は並み大抵のものではないのだ。そして〈陰陽師 鬼一法眼〉シリーズはミステリ的解決とは無縁の本格時代伝奇小説であり、〈イツロベ〉シリーズに至ってこれはもうＳＦ以外のなにものでもなくなるのであった。さらに『オルタナティヴ・ラヴ』になるとなんとこれはジェンダーＳＦだ。おそるべし藤木稟。
諸作品の根底にあるのは人間という存在の持つ不安定さを鋭くえぐるというものだろう。その人間観察眼は心の奥底までを見通しているかのようだ。その上で登場人物を突き放したように描く。蠱惑的な面白さというべきだろう。
『イツロベ』
アフリカで呪術に惑わされて土地の女神と交わった医師は、帰国後愛娘を交通事故で失う。同僚と妻は不倫をしており、アフリカの神に操られるように現実と幻想の区別もつかないようになった医師は、街をさまよい歩く。たどりついたのは〈ゴスペル〉というネットゲームに熱中し家を飛び出した子どもたちが集まる場所だった。現実も幻想も自分も他人もこの世に信じられるものは何もないという気持ちにさせられてしまうえげつない傑作。
『テンダーワールド』
人はみな〈タブレット〉という携帯コンピュータなしには生活できない近未来が舞台。新興宗教〈ハイネスト・ゴッド〉の信者たちが去勢された上に毛髪をそりあげた変死体で次々と発見され、その事件を追う捜査官やトップ屋を強大な権力が妨害する。〈タブレット〉に隠された秘密は『イツロベ』の謎の核心とリンクする。人間を支配するものは神という名のプログラムなのか。人間の本質をえぐり出す壮大な本格ＳＦ。
『オルタナティヴ・ラヴ』
ナンパ好きの大学生は性病に感染してなんと妊娠してしまう。芸術家である富豪のおぼっちゃんは婚約者がいながらもヴァーチャル・リアリティの世界に作られた初恋の女性と愛を語る。無性種として生まれた青年は同じ無性種である恋人の愛情表現に疑問を持ち、「愛」とは何かを様々な人々に尋ねてまわる。「性」とは何か、「愛」とは何かを軽妙なタッチで綴るジェンダーＳＦ。軽妙さの裏に隠された問題意識の深さに注目したい。
（「ＳＦが読みたい！」２００３年版掲載）
附記
「ＳＦが読みたい！」2003年版で企画された「作家別日本ＳＦ最新ブックガイド１５０」でとりあげられた作家紹介文。
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