林譲治の架空戦記は出色だった。綿密な時代考証、豊富なアイデア、そして一匙の遊び心。.ただ単に日本を勝たせればよい、あるいは些事にこだわって大局の見えない作品が多い中で、世界観をしっかりと持ったシリーズには他の架空戦記作家と一線を画するものがあった。その林譲治が「SFマガジン」に短編を発表した。それはまごうかたなきハードSFだった。それで納得できた。林譲治はSFの可能性の一つとして架空戦記を書いていたのである。SF作品に重心を置きだしてから書かれた『妖光の艦隊』は優れた文明批評という側面を持ったものであり、もちろん彼はSFとの書き分けはしているのだとは思うけれど、立派なハードSFなのである。そんな経歴を持つ林譲治であるから、彼の書くハードSFや未来史SFには文明批評や政治的考察、あるいは大局から見た戦略、戦術が豊富にちりばめられている。初のSF長編である『侵略者の平和』とその続編である『暗黒太陽の目覚め』にはそのような彼の特質がはっきりと現れている。ここにきて彼は独自のハードSF世界を確立しようとしているのだ。
林譲治と話をしていて驚くのは、とにかく湯水のようにアイデアの湧き出ることである。彼の口にするジョークはいずれもそのアイデアを核とした小説が書けるようなものばかりで、そのアイデアをくれとせがみたくなる。その中から精選されたものが小説となるのだ。面白くないわけがないではないか。
『侵略者の平和』
那國という地球型の文明を持つ勢力とやはり地球型の文明を築き上げ産業革命程度の文化が発達している惑星エキドナのファースト・コンタクトを描く。それぞれ全く違う生態系の異星人ではなく政治的思惑がからんでくるところなど、異色のファースト・コンタクト小説。メディア論、言語学、そして政略など様々な要素をからめて異文化の衝突をリアリティのあるものにしている。そして驚くべきハードSF的決着がラストを飾るのだ。
『大赤斑追撃』
木星の大赤斑を調査する依頼を受けた軍払い下げの民間宇宙艇フェニックス。フェニックスを海賊船と思いこみ攻撃を仕掛けた宇宙軍の最新鋭艦ネルソンはフェニックスを追って木星の大気圏に突入、宇宙であれば圧倒的な差のある2つの艦船が大気中で戦闘を始めることになった。指揮官が無能だが最新鋭の戦艦と有能な人間が操る小型の宇宙艇が木星の大気圏で繰り広げる戦闘をユーモラスに描いた遊び心たっぷりの秀作である。
『ウロボロスの波動』
小型ブラックホール、カーリーが発見され、そしてそれが太陽に衝突することが明らかになる。太陽系に住む人々は、カーリーの軌道を改変しそれを新たなエネルギー源として利用するプロジェクトを立てた。地球を離れて活動する人々と、地球に居住する人々との間には意識の差が生まれ、やがては対立するようになる。謎のブラックホールの接近というアイデアを軸に人間や組織の危うさを活写したハードSFの傑作。
(「SFが読みたい!」2003年版掲載)
附記
「SFが読みたい!」2003年版で企画された「作家別日本SF最新ブックガイド150」でとりあげられた作家紹介文。