日本SFと海外SFの手触りの違いというものが存在するように思う。平谷美樹は、第一世代と呼ばれる日本SFの書き手の衣鉢を継ぐ書き手としてデビュー依頼一貫してその姿勢を保ち続けている。デビュー作『エンディミオン・エンディミオン』から小松左京賞を受賞した『エリ・エリ』とその続編である『レスレクティオ』では、〈神〉の存在とは何かを真っ向から問いかけ、『運河の果て』では人類の宇宙開発や遺伝子操作の是非という問題を投げ掛ける。それはかつて第一世代のSF作家たちが「SFを作る」という意気込みで取り組んできたものに共通するものを感じるのだ。さらに黄金期のジュヴナイルSFを想起させる『君がいる風景』や生まれ育った岩手という土地に対する思いを凝縮した伝奇小説『呪海』を発表し、その作風を広げているが、これもまた第一世代の作家たちの正当な後継者であることを示している。その作風には誠実さが感じられるが、そのためにラストがいくぶん甘くなるという弱さも内包しているように感じられることが多い。しかし、冷徹な姿勢で登場人物を扱う作家が多い中、こういった暖かみのある作家も必要なのはいうまでもない。最新作『ノルンの永い夢』では時間SFに挑戦した。デビュー時に予想されたように、平谷美樹はまさしく日本SFの王道を突き進んでいる。そして、一作ごとにその作品は深みを増している。今後の活躍にさらなる期待がかる正統派SF作家、それが平谷美樹なのである。
『エリ・エリ』
主人公の神父、榊は〈神〉への信仰が失われつつある時代に〈神〉とは何かを探すために巡礼の旅に出る。テロリストの攻撃で瀕死の状態に陥った榊は教皇自らの依頼で外宇宙探査宇宙船に脳髄を搭載され、〈神〉を探す新たな旅に出ることになる。異星人とのファーストコンタクトや人類の宇宙進出への疑問など様々な問題を複合させ〈神〉とは何かを問う力作。続編『レスレクティオ』ではさらに壮大なラストが待っている。
『運河の果て』
地球化改造された火星で、運河の果てまでさかのぼり人間移住以前に存在していた原火星人の遺跡を探訪する旅に出る老科学者と自ら自分の性を選ぶ「モラトリアム」の少年。そして火星と木星と地球をめぐる陰謀の存在を探る政治家。二つの事件を併行して描きながら、異星に生きる人類の存在意義を問う壮大なスケールの物語。生命というものに対して愚直なまでに正面からぶつかった傑作である。
『ノルンの永い夢』
新人賞を受賞したSF作家はその日から何者かにつけねらわれるようになる。彼の小説は戦前にドイツに留学して行方不明となっていた研究者の書いた「時空論」と類似していた。彼はその研究者について調べるうちに、本当の自分が何者であるかを探りあてていく。「高次元多胞体」という独自の概念を創造し、時間を自由に行き来できる男の悲劇を描き出した力作。心理的な側面から時間をとらえたアイデアが光る。
(「SFが読みたい!」2003年版掲載)
附記
「SFが読みたい!」2003年版で企画された「作家別日本SF最新ブックガイド150」でとりあげられた作家紹介文。