ブック・レヴュー


作家別日本SF最新ブックガイド
田中啓文(たなか ひろふみ)

 田中啓文のサービス精神は、とどまるところを知らない。グロテスクなものは徹底的にグロテスクに描き、地口で落とすならそこに持っていくまでの過程をみっちり書きこむ。伝奇SFを書く時は誰にもわからないような設定でもきっちりと考証をしていく。そこまでやらなくてもと思う時もあるのだが、そこまでやってしまうのが田中啓文なのである。「田中啓文は上方落語である」とかつて書いたことがあるが、最近は特に桂枝雀の姿とだぶってきて仕方がない。落語というものを突詰めて考え、細心の描写と大胆な誇張を施した枝雀落語と重なる部分が多いのである。体重二百キロのスリムな女子高校生などというどう考えてもあり得ない設定であっても、田中啓文が書くならばそれはもうそういう世界なのだと納得させられてしまうのだ。もうそういう境地にきてしまっているのである。それを大多数のSFファンは認めたのだ。だから、「銀河帝国の弘法も筆の誤り」はファンの投票で決まる星雲賞を受賞したのだ。そう、もう怖いものはないのである。半村良に匹敵する超大河伝奇ロマンをそろそろ書く時期にきているのである、と断言してしまおう。『大菩薩峠』を凌駕する奇想天外な大長編を田中啓文ならば書いてくれるものと私は信じているのである。
 田中啓文の初期作品はヤングアダルト文庫で発表されたものばかりでそのほとんどが絶版になっている。どれも酷くて暗い傑作ぞろいなのでそちらもぜひ復刊してほしいものだ。   

『水霊 ミズチ』
 民族学者が宮崎の過疎の村でウロボロスを想起させる文様と神代文字の入った石を発見する。その石が地震で動いたあとに泉が湧き出て、村長はその水を名水として売り出しテーマパークを作って村起こしをしようとする。しかし、その水は飲んだものを餓鬼と変える不思議な力を持っていた。主人公たちは自分の命をかけて探り出した真相とは……。田中啓文の出世作であり、伝奇SFを代表する傑作の一つである。

『銀河帝国の弘法も筆の誤り』
 作者のライフワーク(?)である〈人類圏〉シリーズをまとめた短編集。いずれも緻密な描写とぐいぐいと読ませる構成で読者をひきつけながら、読後はなんと表現してよいかわからない脱力感を味わうことができる。一度この脱力感を味わったが最後、それは麻薬のように読者をとらえて離さない。また、装丁や解説などにも工夫がこらされており、担当編集者が田中SF短編集の決定版としようとした意気込みが伝わってくる。

『ベルゼブブ』
 考古学者が遺跡から解放した悪魔、それはベルゼブブ。〈宙馬〉となのる者とセックスする淫夢を見た少女が宿した胎児は蘇った悪魔ベルゼブブに対抗できる唯一の救世主なのだという。蘇ったベルゼブブを前に、人類は滅びの道をたどるしかないのだろうか。〈神〉の概念をホラーSFとして正面から読みとく力作で、そこに昆虫の叛乱、〈最後の審判〉という要素を織りこみ壮大な物語に仕上げている。田中啓文の真骨頂がここにはある。

(「SFが読みたい!」2003年版掲載)

附記
 「SFが読みたい!」2003年版で企画された「作家別日本SF最新ブックガイド150」でとりあげられた作家紹介文。以前「S−Fマガジン」の「21世紀SFのキイパースン」に書いたものを全面改稿。どう読んでも作者紹介というより作者へのファンレターである。


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