ブック・レヴュー


21世紀SFのキイパースン
田中啓文(たなかひろふみ)

 田中啓文は読者に対して徹底したサービス精神を発揮する。伝奇SFなら、様々な謎を提出し、時には袋小路に追い込み、仰天の結末を用意する。グロテスク・ホラーなら、吐き気をもよおすような描写を次々とくり出す。とにかく読み手が目をそらすことができないようにあの手この手で攻めてくる。
 そこまでやりながら地口で落とすこともまれではない。読み手が読了後なんでやねんと突っ込みたくなるような落ちをつけてしまう。
 だからといって、読者におもねるようなことは決してしない。安直なハッピーエンドを用意したりして読み手に安心感を与えようなどとははなから考えていないのではないか。自分が書きたいものを受け入れられない読者のことなど相手にしていないようにさえ感じられる。
 つまりこれは上方落語なのである。強引にそう結論づけてしまうのである。そのサービス精神も、好事家向けに発信されているメッセージも、地口落ちも。
 田中啓文はその基本姿勢においてはヤングアダルト中心に活動していた時代も現在も、頑固に自分のスタイルを貫いている。
 彼の出世作は『水霊』である。伝奇SFの傑作である。ここには田中啓文の伝奇SFに対する想いが全て込められている。半村良の衣鉢を継ぐ伝奇SFの書き手として、彼にかかる期待は大きい。新世紀のSFを担うトップランナーの一人なのである。 

(「S−Fマガジン」2001年2月号掲載)

附記
 「S−Fマガジン」21世紀到来記念特大号PART1日本SF篇で発表された「21世紀SFのキイパースン」の作家紹介を、という依頼を受けて書いたもの。


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