ブック・レヴュー


作家別日本SF最新ブックガイド
牧野修(まきの おさむ)

 牧野修の言語感覚の鋭敏さには舌をまく。彼の紡ぎ出す言葉は、現実と非現実をないまぜにし、読者を浮遊感覚に陥れる。『MOUSE』での少年たちが同調するための言葉の掛け合い、『アロマ・パラノイド』での〈電波〉言語など、いくらでも例をあげることができる。また、牧野修は冷徹な観察者であり、情熱的な表現者である。彼は観察した〈狂気〉を十分に咀嚼し、そのうえでまるでその〈狂気〉と同調しているかのように文章化する。彼が作り出す濃密な世界は短編でその本領を発揮する。長編の場合、彼の情熱が少しずつ他のものにスライドしてしまう傾向がなくはない。とはいえ、それをして欠点とあげつらうことはできない。なぜならば、彼の紡ぎ出す言葉は巧みに読者を導き、決して違和感を感じさせないからである。言葉への鋭敏な感覚のたまものだろう。
 牧野修の描く登場人物は権威主義的なものを破壊しようとする。しかし、その登場人物は不変ではなく、いつしか権威主義を守るものに転化してしまうこともある。そして、牧野修はそれを許そうとはしない。また、権威主義に立ち向かう者をサポートする人物を多く登場させる。これは牧野修の分身なのであろう。常識、不変の真理、そんなものにとらわれる者に対して牧野修は真っ向から挑戦する。それは現実というものに飼い馴らされた一般人に対する警鐘であるかもしれない。ただ、彼がそのような親切心で小説を書いているかどうかというと……。

『MOUSE(マウス)』
 河口に浮かんだ廃虚島に集まった少年たちの世界〈ネバーランド〉。そこは十八歳以上の者は住むことを許されない場所だ。彼らは常にドラッグを摂取し、現実と幻影が交錯する世界を生きている。彼らはドラッグの実験体という意味の〈マウス〉と呼ばれていた。〈ネバーランド〉を維持する大人たちがその場所を抹消しようとした時、彼らがとった方法は。人にとっての真の自由とは何かを問い掛ける牧野SFの最高傑作。

『忌まわしい匣』
 牧野修のホラー短編は一般的な常識から逸脱したものがありのままに描かれ、そういった存在が引き起こす根源的な恐怖感を読者に突きつけてくる。殺戮を繰り返す謎の男と少年の奇妙な道行きを追う「グノーシス心中」、老人たちが復活する古代の邪神と最後の戦いをする「翁戦記」、人々の脳をくじり毒電波を受け取ったと信じさせる存在の奇怪なゲームを描いた「電波大戦」など牧野ホラーのエッセンスを凝縮した傑作短編集。

『傀儡后』
 大阪の北部に隕石が落ちそこを中心にして麗腐病という奇病が発生、町には通信装置をつけた少年たちや性倒錯者がそれぞれの形で生きている。麗腐病の指定地区から唯一脱出できたという経歴を持つ私立探偵は麗腐病の発生に関係があると思われる玩具会社で傀儡后と出会う。傀儡后と麗腐病の関係とは。第二の皮膚が人間を包みこむエロス、戯画化された陰謀と欲望、そして倒錯。その魅力的な猥雑さは牧野作品の集大成といえよう。

(「SFが読みたい!」2003年版掲載)

附記
 「SFが読みたい!」2003年版で企画された「作家別日本SF最新ブックガイド150」でとりあげられた作家紹介文。


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