笑芸つれづれ噺


文楽の魅力 日本芸能再発見の会レポート

吉田文吾
 「日本芸能再発見の会」第26回例会(2000年6月3日)は講師に吉田文吾師匠(文楽人形遣い、写真左側)を招き、文楽の魅力を実演をまじえて話していただいた。
 文吾師匠は前名を吉田小玉といい、ほとんどの人形遣いが師匠につけていただいた名前で終わるところを、まわりに勧められて文吾を襲名した。襲名できる名前は15ほどしかなく、とても名誉なことなのである。「襲名の公演は好きな役をやってよいが、二十日間、朝日座を満員にするように」といわれて苦労して切符を売ったそうだ。二週間も前から車に記念品を積んで大阪中を挨拶まわり。そうやって襲名披露公演を成功させた。その時の東京公演で自分の名前の入った幟を立てたのだが、実はそれまでは文楽には名前入りの幟を立てる習慣がなく、それ以来、国立文楽劇場にも幟を立てるのが当たり前のようになった。こういったエピソードからも、文吾師匠が文楽の世界では新しいことに次々と挑んでいく様子がわかる。
 文楽の魅力を伝えたいとして、いくつかのキーワードを挙げて説明がなされた。
 まずは入門。文楽は世襲ではない、というのが大きな特徴だそうだ。師匠自身も指物師の長男で、父親の反対を押しきって入門したとのこと。もっとも最初は入門する気はなく、18歳の時に師匠のところに遊びに行ったら入門希望とまちがわれ、それならというので「壺坂霊験記」を見たところ感激して入門しようという気になったのだそうだ。文吾師匠のもとにはお弟子さんが二人いて、一人は直接入門を希望してきて、一人は養成校の研修生からの入門である。どういう入門方法でも成長するスピードはそう変わらないと、文吾師匠は言う。
 研修生は義太夫、三味線、人形、どの希望者も1年はひととおり全ての分野の勉強をして、2年目に希望する仕事の研修を受ける。そして養成校を卒業する際にどの師匠につきたいか希望をいうと、それを受けた師匠が弟子にとるのである(師匠が拒否することもある)。
 修業であるが、足をマスターするのに6〜10年、左手をマスターするのに10〜15年、そして一人前に……と時間がかかる。足遣いは体力がいるので若い頃でないと難しく、左手を遣うのは右手でやらなければならないから修得するのに時間がかかるのだそうだ。
 続いては公演。海外公演では、フランスの日本文化会館で「曽根崎心中」を上演した。これは先にフランス語のパンフレットで浄瑠璃の内容を読んでおいてもらってから舞台を見てもらう形式にしたため、人形の動きにもいい反応が返ってきて、最高で6回のカーテンコールをするほどの盛況だったという。三段目で人形遣いが顔を出すのだが、これは世界的にも珍しいものだと評判になった。実は、文楽でも昔は黒子のまま人形を遣っていたそうだが、サービスのために顔を出すようになったのだそうだ。当初は批判もあったが、顔を出すと拍手がくるようになり、今では人形遣いの見せ場になっている。
 公演は大阪と東京の定期公演に海外公演が並行して行われる。その公演の間にも出演依頼がきて、休む間もないほど。
 それに関連して、文楽を多くの人たちに知ってもらうという話題になった。文吾師匠は「出前文楽」を積極的にしている。浄瑠璃の部分はテープを流し、弟子たちと3人で一体の人形を持ってあちこちに出かけていくのだそうだ。高校生が「文楽はなにを言うているかわからへんから、見に行く気にならへん」と言うのを聞いて、人形の動きの面白さと義太夫の節がうまく合っていることなどを解説し、親しんでもらおうとしているとのことである。
 また、新作も積極的にやっていってはいる。が、「ハムレット」や「椿姫」など長続きせず、なかなか難しいそうである。昨年は夏の公演で「西遊記」を上演して好評であった。テレビではNHKスペシャルでアインシュタインの人形を作ってイスラエルロケをしたりして大きな反響があった。一番続いているのは宇崎竜童と組んだ「ロック曾根崎心中」で、阿木耀子作詞・宇崎竜童作曲の歌に乗せて「曾根崎心中」を演じるもの。普段隠している部分も丸見えにして演じている。これは自主公演ながらもう14年も続いていて、今後も続けていきたいものだそうだ。また、国立文楽劇場では「イヤホンガイド」を設置してわかりやすく解説する試みもしているそうだ。
実演風景
 このあとは、下駄、黒子の衣装などをつけてみせながらそれぞれについて解説。本にも書かれていないからくりも公開してくれた。右の写真は新野新さんに頭を支えてもらって足を動かしているところ。町娘「おその」の人形を用いて基本的な動きから難しい動きまでを演じてみせて下さった。人形遣いは3人が一体となって動かなければならないけれども、いわゆる「阿吽の呼吸」に頼るのではなく、おも遣いが左手と足の者にサインを送って動かしているのだそうだ。ここらあたりの合理的な動きは長年伝えられてきた洗練された伝統を感じさせる。
 役作りは自分で考えなければならない。だから女形から修業をはじめ、その後で男役をした方が微妙な動きなどが学べてよいそうである。
 古典芸能を現代に伝え、そして多くの人に親しんでもらうために、文吾師匠はこれまでもいろいろな試みをしてきたけれど、これからも新しいことに挑戦していくという。
 私はこの講演で、文楽の世界に興味が出てきたし、夏の公演には一度国立文楽劇場に足を運んでみたいものだ。そう思わせるほど、文楽の魅力を伝えてくれる講演であった。

(2000年6月11日記)


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