笑芸つれづれ噺


文紅の「三十石」

 地域のホールで行われる落語会に行くと、安い入場料ですばらしい「藝」を味わわせてくれることがある。
 先週、10月20日に行った「るみえーる寄席」では、四代目桂文紅の「三十石」を聞いた。文紅といっても、よほどの落語ファンの方でないとごぞんじない名前だろう。四代目桂文團治の門人で、45年のキャリアを誇るベテランである。師匠の文團治ゆずりの「島巡り」など珍しい持ちネタのある人だけれど、残念ながら現在の上方落語界では傍流。CDは「艶笑落語ライヴ」のシリーズで録音されたその「島巡り」があるだけ。それだけに、生でないとなかなか聞かれない。
 「三十石」はきっちりやると1時間くらいかかる大ネタで、ストーリーもあってないようなものだが船頭歌などが折り込まれていてちゃんと演じるとなるとかなり難しいものである。文紅師匠がどのようにこのネタを演じるのか、私が今月のこの落語会に行ったのも、それが聞きたかったからなのである。もちろん今が旬の桂小春團治の「猫の災難」も目当てではありましたが。
 大仰な演出はなく、セリフも特に表情づけをはっきりやっているわけではない。けれど、さり気ない仕種に質感がある。船頭が櫓を漕ぎながら悪態をつきあうところ、船宿の主人が宿帳を片手に名前を書き取るところなど、自然な仕種でそれらしさを出している。派手さはないけれど、長年かかって積み重ねられた味のある芸風である。CDで聞いた「島巡り」ではネタがネタだけにこういう感じではなかったし、だいたいもっと若い頃の録音なのでもう少し派手な感じがしたのだが、現在の文紅師匠の藝は少し枯れたような印象すら与える。だから、味わいがある。
 品のある米朝師匠の味、華のある文枝師匠の味、粋な春團治師匠の味……。上方落語の長老格の師匠たちの持ち味とはまた違う独自の境地に文紅師匠はたどりついたということなのだろう。地道に独演会や地域の落語会で磨いてきた藝だと思う。実は、こういうタイプの落語家は、現在の上方落語界ではあまりない。東京の落語家だとおそらくまだいるのではないかと思われるが。それだけに文紅師匠の「三十石」を聞くことができたのはよかったなあと思う。
 今後も華やかな高座とは違うところで文紅師匠はその独自の藝を披露し続けるのだろう。また機会があれば、他のネタも聞きに行こう。その枯れた味を楽しみに……。

(2000年10月26日記)


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