大相撲小言場所


剣晃の死

 春場所三日目、元小結・剣晃の訃報に接する。享年三十。あまりにも早すぎる死にショックを受けた。
 剣晃が休場したのは昨年の名古屋場所。相撲雑誌には血液の減少する難病だと報道されていた。休むほどに番付は下落、休場5場所目となる今場所は幕下55枚目にまで下がっていた。
 剣晃といえば、デーモン小暮命名の「土俵のならず者」というニックネーム通り、上位に対する荒っぽいが思い切りのいい相撲が印象的だ。特に貴乃花、若乃花戦には闘志を燃やし、左四つ右上手からの攻めで再三上位陣を苦しめた。
 大阪府守口市の出身で、定時制高校を中退し、高田川部屋に入門。殊勲賞、敢闘賞を一回ずつ受けている。
 ええい、こんなプロフィールで剣晃の個性がわかるものか。とにかく、彼が土俵に上がると何かやってくれそうな、そんな力士だったのだ。顔つきはどちらかというと飄々としていてのんびりした感じを与えたが、右上手を取ると委細構わず相手を振り回す。若乃花の顔面を張り手で真っ赤にさせたこともある。
 定時制高校時代は勉強もせずにぐれていたらしい。そんな剣晃が自分の存在を認めさせたのが土俵の上だったのだ。
 だんだん個性のある力士が少なくなっていく中で、剣晃の存在というのは大きかった。決して大関候補とかいわれる力士ではなかった。でもそれでよかったのだ。絶対的な強さを誇る貴乃花にあれだけ闘志むき出しで「なにしてもええから、勝ったるんや」と挑んでいった力士はそう多くはなかったのだ。なにかこの、最初から負けるのじゃないかという自信のなさそうな力士たちがほとんどだったのだ。
 早く病気を直してもう一度幕内の土俵に立ってほしかった。しかし、それはもうかなわない。
 剣晃という個性派力士がいた。太く短く土俵を生きた。そのことだけは覚えておきたい。

(1998年3月10日記)


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