大相撲小言場所


秋場所をふりかえって〜若貴決戦ならず〜

 平成十年秋場所は、横綱貴乃花の20回目の優勝で幕を閉じた。
 貴乃花は強い。
 整体師との関係や家族との関係についてあれこれと書き立てられ、同情される若乃花に対して悪役にまわってしまったのにもかかわらず、優勝したのだ。
 貴乃花は、強い。
 ただ、滑り出しはいかにも動揺が見てとれた。初日の武双山、二日目の栃東とも相手に潜り組まれ、辛うじて土俵際で上手投げを打って逆転勝ち。三日目の魁皇にも同じような相撲になり、上手を取れないままに寄り切られてしまった。
「コンチクショー、このまま負けてられねえよ。暴れまくってやるよ。楽しくやろうぜ」
 これまでの貴乃花ならまず口にしなかった言葉を吐く。
 ここで吹っ切れたのだろうか。上手を取り、腰を突き付け、相手の体を浮かせるように寄り切る貴乃花本来の相撲を取るようになった。とはいいながらも、立ち会いは正直いっていつも胸を出すような感じだったから、横綱大関クラスが相手だとどうかと思われた。案の定というか、武蔵丸の強烈な出足の前にはなすすべもなかった。
 貴乃花は今場所、誰と戦っていたのだろうか。決定戦にならなければ顔を合わすことのない横綱若乃花ではなかったか。若乃花が勝つと露骨に嫌な表情をし負けると薄笑いを浮かべる。若乃花も勝ち続けていたから、貴乃花も勝ち続けることができたという気がするのだ。
 師匠である父を振り切り、兄である若乃花を振り切ろうとしても、常にその存在が頭の中にこびり着いて離れない。振り切るためには勝つことしかない。勝つこと、しかも若乃花を成績でも相撲内容でも上回ること、これが貴乃花の今場所のモチベーションだったのではないか。
 千秋楽、曙を倒して勝ち名乗りを受ける直前、貴乃花は口を大きくへの字に曲げ、険しい目つきをした。その表情は、喜びの表情とは思えなかった。安堵の表情でもなかった。
 薄笑いとへの字口。貴乃花はまだ迷い続けている。勝つことしか自分を支えるものがないかのようだ。
 さて、対する若乃花。今場所ほど拍手の多い場所はなかっただろう。貴乃花に「基本ができていない」と言われて「基本からやり直しますよ」と軽く受け流したが、相撲は毎日逆転に次ぐ逆転という内容。足のむきむきの筋肉が、若乃花がどれだけ下半身強化に努めたかを物語っていた。踏ん張ると、筋肉の動きが見えるんですよ。気持ち悪いくらい。でも、精神的にはきつかったと思うよ。終盤、栃乃洋に送り出された相撲なんて、エアポケットに入ったような感じの相撲だったからね。しんどかったのだろうね。これが精一杯じゃないかな。結局は勝てば優勝決定戦という大一番で武蔵丸の突進をまともに受けて力尽きてしまった。
 来場所も、来年も、こんな感じで二人の関係は進むのだろうか。それはそれで面白いけれど、二人ともあまりにも早く消耗し過ぎてしまわないかと心配だ。
 武蔵丸は若貴二人を連破して存在感を示した。やればできるじゃないのよ。格下の相手に対して油断してしまうところにこの人の壁があるのかな。
 曙と貴ノ浪については、もっと相撲を大事にしてほしいとしかいいようがない。あまりにも雑だ。曙は立ち会いの迷いがなければ……。若貴を盛り上げる脇役でいいのか。ほんまに引退してプロレスラーになるのか。
 それ以外で目についた力士を。
 千代大海は私は場所前に「苦しいのではないか」と予想した。ところが、滑り出しは最高。これは読み違えたかと思ったが、途中で連敗、9勝止まりであった。組まれたら負けてしまう。今は相手が息つく間もない突っ張りの連発で今は勝っているけれど、いつまでもこの相撲は取れない。大関となると、それでは苦しい。突っ張りだけでなく、きちんとした筈押しを身につけるべきだろう。
 若の里は連日きちんと手をついて、常に真正面からぶつかっていった。きっと強くなるよ。今場所は負け越したけど、必ずまた上がってくるだろう。好感度第一であります。
 琴乃若は相撲に積極性が出てきた。今まではよくなったかと思ったら次の場所ではもとに戻ったりしていたけれど、ずいぶんと自力がついてきた。

 元大関小錦の佐ノ山親方が相撲協会から離れることになった。今後はタレントや民放の相撲解説者として活躍することになるかと思う。相撲協会という縛りの多い世界から脱出しないと自分のやりたいことができないと考えたのではないかと思われる。協会の外からでないと言えないこともあるだろう。小錦にはかつての玉の海さんのような御意見番的発言を期待したいものである。

(1998年9月28日記)


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