いやはや、わからんもんですなあ。まさか琴錦が14勝1敗で平幕優勝してしまうとは。しかも準優勝に休場明けの土佐ノ海が12勝3敗で続くなんて。場所前、私は「土佐ノ海にがんばってほしい」とは書いたけど、優勝争いするなんて思ってもみなかったですよ。
今場所の琴錦の相撲は、理にかなった完璧な形だった。立ち合いの出足のよさ、腰の低さ、相手に密着した寄り、そして相手にまわしをとらせないもぐり方など、お手本どおりといっていい。まるで相撲の神様が琴錦についていたような、そんな相撲だ。特に貴乃花、貴ノ浪を破った相撲がそうだ。来場所はどうなるかわからないが、こと今場所に限っていえば琴錦は相撲史上に残るすばらしい力士として記憶されるべきだろう。
一方、土佐ノ海は悪癖の前のめりな相撲がほとんどなく、引かれてもそれにつけいるような相撲を見せてくれた。出足から一気に持っていく相撲は、新入幕から関脇にまで上がっていった時のような勢いを感じさせた。
琴錦は引退も覚悟して土俵に登ったそうだが、それがよかったのだろう。土佐ノ海はまさに土俵に登れる喜びを味わいながら、無欲で連日の相撲をとったのが好成績に結びついたのではないか。
では、貴乃花はなぜ優勝できなったのか。連続優勝で、自分の力を過信してしまったのではないかという気がする。先場所だって、序盤戦は腰高で危ない相撲が続いたがなんとか1敗で持ちこたえた。それがいけなかったのではないか。今場所は全体に腰高で、上手さえとれればなんとかなるというような相撲をとっていたように思う。栃東に敗れた相撲がその典型だ。肩ごしに上手をとり安易に投げを打ちにいったところを、腰を落として寄った栃東につけいられている。琴錦戦も腰高で胸を出すような立ち合いだった。今場所の琴錦にそんな相撲で勝てるわけがない。腰が悪いのではないだろうか。そうでなければ、自分は強いんだという思い込みだけで相撲をとっているように思われてならない。
若乃花はやはり怪我の後遺症がひびいていた。それでも琴錦戦では横綱の意地を見せてひたむきな相撲をとっていた。体調と気力が万全でないと、若乃花はガタガタッとなる。今場所はその典型だ。
武蔵丸と貴ノ浪については、とくにいうこともない。貴ノ浪の相撲はまるで引退直前の大関みたいだ。
今場所、特筆すべきは出島だ。前半戦は前に落ちたり出足がなかったりしてまるで別人のようになっていたのが、後半戦はがらりと変わって大関候補一番手といわれていた時の相撲に戻った。場所中にこれほど変わる力士も珍しい。来年のうちに大関になるのではないだろうか。千代大海よりも確率は高いと思うのだ。
技能賞の栃東にしろ、琴乃若にしろ、10勝をあげたのだが印象に薄い。序盤戦の土俵をかき回した魁皇も相変わらずの相撲。
つまり、今場所の上位陣にはあまり見るべきところがなかったといっていい。
それを救ったのが琴錦であり、土佐ノ海だったといえるだろう。もともと大関候補といわれ、琴錦は本来なら大関になっていてもおかしくない力士なのだ。
とにかく、琴錦の相撲は今場所の横綱大関全てよりも理にかなっていた。どちらが横綱かととわれたら、迷わず琴錦と答えたくなるような。ひょっとしたらこの勢いで大関まで突っ走りそうな、そんな相撲だった。
(1998年11月23日記)