今場所ほど、横綱の価値が問われた場所はなかった。
貴乃花はとても相撲の取れる状態ではなかったのに出場を強行、初日から2連敗するとあっさり休場。若乃花は10日目の闘牙戦に不自然な倒れ方をして太股の肉離れを起こした。なんと胴体取り直しとなったのを無理にとり、その相撲は勝ったものの、後は全敗。度重なる理事長の休場勧告にも意地を張り通し、千秋楽までとり続けた。
これは、場所前の若貴和解の影響ではないかと思わずにはいられない。貴乃花はこの握手で気が楽になり、休場。若乃花は意地でも休んだ弟の分まで相撲を取らねばと思ったのでは。これはあくまで推測ではある。しかし、あれだけの怪我で休場をしなかった理由を考えると、私にはこのように思えてならないのだ。場所中に「週刊ポスト」が「若乃花は今後の展開では八百長をして勝ち越すのでは」などと書かれたことの影響があったとしたら、今後「ポスト」は無責任な相撲記事を書いてほしくない。
出足好調の曙が魁皇戦で故障して早々と休場したのは残念。初日、2日目の相撲を見ていたら、優勝に一番近いと思わせたのだが。もし来場所も休場となると、また再起に時間がかかりそうだ。
貴ノ浪は休場、千代大海は相変わらず引いて墓穴を掘り、出島は新大関のプレッシャーか前半戦で脱落。武蔵丸の優勝はなにか消去法という感じがする。相対的に強かった力士が勝ち残った、という感じだ。というのも、今場所の武蔵丸は彼本来の出足を怪我のせいで欠いており、圧倒的な強さを感じさせてないからだ。
場所を救ったのは、前半戦は雅山。初日から出足鋭く8連勝。若乃花に立ち会い変化されて土が付き、そこから5連敗。その相撲で雅山は自分の相撲が雑であったことを棚に上げて横綱の相撲を批判した。決して若乃花の相撲もほめられたものではない。しかし、雅山は相手も見ずに頭を下げてただ突っ込んでいっただけではないか。負け犬の遠吠えでしかない。謙虚さがない。よほど意識を変えないと、この力士はせいぜい関脇止まりだろう。10勝したのに三賞をもらえないとか千秋楽にコメントしていたが、上位に勝てないで三賞などちゃんちゃらおかしい。協会は若乃花にお節介をする前に雅山と師匠の武蔵川親方に指導するべきだろう。
立派だったのは安芸乃島。敢闘賞と技能賞を受賞したが、優勝できなかったことを悔しがる向上心が残っている。下半身の安定した取り口。怪我をしていた腕の筋肉も元に戻ったのだろう。この調子で長く土俵をわかせてほしい役者だ。
殊勲賞の栃東は、インタビューで「大関を狙います」と断言していたが、今場所の取り口は大関候補にふさわしいものだ。立ち合いの出足、おっつけの厳しさなど、栃東の相撲の型が完成されつつある。大関を狙うと公言したのは自分を奮い立たせるためだろう。それだけの力士になりつつある。立ち合いの変化が見られなくなったことがいい証拠だ。
魁皇がわずか9勝というのは意外だった。こういう場所こそ主役にならなければならなかったはずである。上手一本に頼るだけで、立ち合いの工夫がない。それが結局安定した強さを維持できない理由ではないか。
今場所は全体に低調。横綱に昇進するときの基準が厳しすぎ、横綱になるまでに力士は力を使い果たしてしまうのではないか。そういう理由でもこじつけなければならないほど、横綱に絶対的な強さがなくなってしまった。
来場所もこの状況はそれほど大きくは変わらないだろう。若乃花が引退せずにすんだので、よかったけれど、来場所は休んで再起を図ってほしい。
(1999年9月27日記)