大相撲小言場所


夏場所をふりかえって〜貴乃花”死に体”優勝〜

 横綱同士の千秋楽優勝決戦。本来なら、これほど盛り上がるものはない。しかし今場所の場合は土俵上に異様な雰囲気が漂っていた。13日目までほぼ完璧な相撲で突っ走っていた貴乃花が、14日目の武双山戦で巻き落としに倒れた際、右足を土俵に引っ掛けて右膝を亜脱臼。千秋楽の出場さえ危ぶまれる状態だったからだ。右膝を固めた分厚いテーピングも痛々しく、土俵上の歩みも右足をかばい動きが悪い。結びの一番は武蔵丸が勝てば優勝決定戦となる。一度突っかける貴乃花。二度目の仕切りでは膝が痛むのか仕切り線に手をつくこともできない。そして三度目、貴乃花は頭から突っ込んでいくが足がついていかない。武蔵丸が突き落とすと貴乃花は右膝をかばうように左足から落ちていった。左膝を擦りむきさらに痛々しさを増す。そして優勝決定戦。支度部屋では一度も座らず小刻みに足踏みを繰り返す。武蔵丸の優勝は文句なく決まると予想された。問題は、武蔵丸が貴乃花の足の怪我を思んばかって思い切りのよい立ち会いができるかどうかということだけ。決定戦の相撲は、まさにそのような武蔵丸の心理をついたものになった。貴乃花は出足鋭く踏み込む。武蔵丸は完全に受け立ち。前に出られない武蔵丸を組み止めた貴乃花は、きれいに土俵に投げつける。22回目の優勝決定である。これを怪我に耐えた貴乃花の精神力の勝利と見ていいものかどうか。決定戦の土俵に上がった貴乃花は”死に体”だった。まともに相撲がとれる状態だとは思われなかった。武蔵丸は勝負師に徹し切れなかった。貴乃花をつぶすという覚悟で立つことができなかった。本割で貴乃花が全く相撲にならなかったことで、それは決定的になった。つまり、貴乃花が「勝つ」ということにおいて武蔵丸よりも上であったということなのだろう。自分の弱味を見せることにより、相手から戦意を失わせる。意識しての作戦だったのか。それは貴乃花本人にしかわからない。しかし、爽快さからは程遠い、なんとも後味の悪い結末だったと言えはしないか。しかし、勝負は結果が全てだ。13日目までの素晴らしい相撲を考えれば、貴乃花は優勝すべくして優勝したと、そういうことが言えるだろう。
 武蔵丸は序盤に朝青龍、隆乃若に不覚をとったけれど、それ以降は相手をがっちりととらえて馬力で圧倒する本来の相撲を取ることができた。千秋楽こそ異様な雰囲気の中で十分に力を発揮できたとはいえないけれど、横綱としての責任は果たしたといっていい。
 12勝をあげてカド番を脱出した千代大海は、序盤こそ突っ張ってはたくという相撲で内容的にはもうひとつだったけれど、勝ち星を重ねることにより突っ張りの威力を増しさすがといる相撲も何番か見られた。課題は両横綱に歯が立たなかったこと。下位力士には通用するはたきも横綱には通用しない。
 雅山もカド番脱出。出島は10敗で来場所カド番。勝ち越しと負け越しを交互に繰り返して大関の座を維持しているだけのように感じられる。琴光喜や栃東と対戦した時などは、どちらが大関かわからないくらいだ。
 前半戦を盛り上げたのが新小結の朝青龍。立ち会いからの鋭い当たり、まわしを取ってからの機敏な動きで1横綱4大関を破る活躍。強引な外掛けで墓穴を掘ることも多く、中盤息切れしたがなんとか千秋楽に勝ち越しを決めて初の殊勲賞。三賞こそ逃したものの安定した取り口で存在感を示した栃東、前さばきのよさが光り技能賞の琴光喜、右上手を取り速攻という自分の相撲を取り戻した追風海が今場所よかった力士たち。
 栃乃洋はここ数場所の前に出る相撲が取れず、玉乃島は左四つの自分の型に持ち込むことができず上位の壁に弾き返され、期待を裏切った。
 そして、横綱挑戦の魁皇。場所前に痛めた腰はかなり悪かったらしい。だましだまし相撲を取っていたが、本来の力強さを見せられず途中休場で一から出直しとなった。今場所の主役と言える魁皇がリタイアしたことで、なんとなく盛り上がりに欠ける場所となってしまった。
 なんだか煮え切らない場所だったが、全勝の貴乃花を巻き落とした武双山の執念が印象に残った。久々の2回の水入りという大相撲を琴光喜と取ったのも武双山。腰が悪く全力は出せなかったが、それでも大関として印象を残した。勝ち星以上の責任を果たした武双山をたたえたい。

(2001年5月27日記)


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