大相撲小言場所


春場所をふりかえって〜朝青龍薄氷の優勝、白鵬大関へ〜

 今場所の目玉は栃東の連続優勝での横綱昇進と、白鵬の大関昇進がなるか、というところだった。ところが、栃東は2日目に曲者安美錦に苦杯をなめ、7日目には先場所に続いて雅山に徹底した突き押し相撲をとられて2敗目を喫した。11日目、引退をかけた背水の陣の魁皇に気迫負けして3敗、場所前に「最低ライン」と理事長がいっていた13勝の優勝は不可能となった。しかし、それでも最後まで緊張感を保ち続け、優勝争いをした白鵬と朝青龍をみごとな内容の相撲で破り、12勝の準優勝となった。来場所の成績次第で横綱昇進の可能性を残すことができた。相撲内容でいえば、優勝をした朝青龍や決定戦に出た白鵬よりもうまさと強さの安定感では上回っていたと思う。それだけに、安美錦の黒星が痛かったといえる。
 一方の白鵬は、持ち前のうまさに勢いがついて初日から11連勝し、大関昇進を確定的にした。しかし、優勝を意識しはじめた終盤には、経験の差が出た。腰高になってしまって敗れた栃東戦はそのキャリアの差がはっきりと出た一番であったと思うし、千秋楽の魁皇戦は、控えに座っている時からその緊張感が伝わってきていた上に、勝ち越しをかけた魁皇の気迫にも呑まれて一方的に寄られてしまった。優勝決定戦ではいい体勢を作りながらも強引に寄って出るところを朝青龍の投げに土俵に叩きつけられた。明らかに勝ち急いだ結果だった。連勝している時の相撲内容がよかっただけに、精神的な強さが今後の課題となるだろう。新大関となる来場所以降、今回の経験をいかに生かしていけるか。殊勲賞と技能賞の受賞は当然の結果である。
 優勝した朝青龍は、初日から11連勝したもののその相撲内容は決して安定したものではなかった。昨年の春場所は、負ける気がしないというくらい強く速くうまかったのに、今場所の特に序盤はまるで子どものケンカのようになりふりかまわない相撲で強引に勝っていた。それでも白星は最大の妙薬とはよくいったもので、勝ち進んでいくうちに持ち前の強さが戻ってきたかに見えた。しかし、白鵬の上手出し投げに敗れた11日目の相撲は、先場所の千秋楽に栃東に敗れたのと同じ形のもので、横から強い力で攻められた時のもろさを感じさせた。千秋楽では1敗で並んでいた白鵬が先に敗れたので余裕を持って臨めるかと思われたが、栃東に終始横から攻められ腰が浮いてしまい寄り切られるという、完敗を喫した。優勝決定戦では相撲勘のよさが白鵬の攻め急ぎに反応してみごとな逆転の下手投げで優勝を決めたが、これも本割のようにどっしりと構えられたら勝てていたかどうか。16回目の優勝というキャリアが最後にものをいったといえるだろう。私の見るところ、稽古の貯金を使い果たしているように思える。
 魁皇は4日目から3連敗し、前半だけで4敗というがけっぷちに立たされた。特に6日目の黒海に敗れた相撲は、足が全く動かず突き落とされ、このままでは引退かと思わされる相撲であった。しかし、もし負け越して陥落しても来場所も出場して大関復帰を狙うと発表したあとは、何かが吹っ切れたように気迫が全面に出るようになり、横綱を狙う栃東の夢と白鵬の初優勝の夢を打ち砕く魁皇らしい力強い相撲で千秋楽にとうとう勝ち越した。今回の気力が毎場所持続するようになると、まだまだ引退は先ということになるだろう。
 もう1人のカド番大関千代大海は、序盤は力強い突き押しで白星を重ねたが、中盤から悪い引き技の癖が出るようになり、連敗と連勝を繰り返す。11日目に勝ち越したら安心したかのように横綱大関との相撲は一方的な敗戦。大関の座を辛うじて守ったという場所になった。
 大関2場所目の琴欧州は、場所前に傷めた右太股をかばいながらの相撲。それでも前に出て攻めた時の強さと懐の深さで9勝をあげた。休場してもおかしくない様子だっただけに、地力を感じさせる場所となった。
 敢闘賞は旭鷲山。上位との対戦はなかったものの、相手の手首をつかむモンゴル相撲仕込みの攻めと前に出る積極的な姿勢が光った。技能賞の安馬は、脇腹に大きなテーピングをしながらの出場だったが、低い体勢からの強い攻めと目一杯動く元気のよさが目立った。
 三賞こそなかったが、雅山は力強い突き押しがよく出ていて、大関昇進時の力強さが戻りつつある。下位に落ちた若の里はさすがに実力者で途中まで優勝争いに名を列ねたが、終盤力が尽きてしまったのは残念。上位に戻る来場所に期待したい。
 十両では把瑠都が42年半ぶりの全勝優勝を飾った。懐が深く力が強いので、肩ごしにでも上手をとれば力で相手を圧倒できた。ただ、強引というか雑な相撲が目立ち、幕内での立ち合いの駆け引きや経験から来る相撲のうまさにどれだけ通用するか。小兵の里山は、琉鵬を珍手「伝え反り」で破ったようにどんな体勢でも技を仕掛けていく積極性と柔軟な体があり、一度は幕内に上がってきてほしい個性派である。
 今場所も千秋楽まで優勝の行方がわからない展開になった。朝青龍のレベルが下がってきているのと、栃東や白鵬、琴欧州といったあたりの力が上がってきているということが優勝争いを面白くさせている要因だろう。また、今場所は十両以上に休場がなかった。琴欧州などは休場してもおかしくない怪我をしているのに、最後まで取り切った。これが無条件によいことかどうか、とは思う。怪我をしていても無理に出場してあとあとに響く場合もあるだろうし、明らかにどこかが悪く力が入らない力士の相撲を客に見せるというのはかえって失礼にあたるのではないかと思うからだ。ただ、明らかに怪我人が少なく、白熱した土俵が多かったのは事実で、これは来場所以降も続いてほしい。

(2006年3月26日記)


目次に戻る

ホームページに戻る