今場所の朝青龍にはそうとう動揺のあとが見て取れた。八百長疑惑がここまでこたえているとは思いもよらなかった。初日、時天空に背中にまわられた時、いつもの場所なら相手の腕を振り切って体を回転させるのだが、それができないまま不様な負け方をしてしまった。2日目の雅山戦はもっとひどく、立ち合いから足下がふらつき腰がうき、なすすべもなく押し出されてしまう。3日目以降は立ち直り14日目、1敗で先を行く白鵬との一番は、引き落としでなんとか勝ちを拾ったものの内容では完全に圧倒されていた。そし千秋楽、勝ち越しをかけて頭からぶちかましにきた千代大海に対し、立ち合いの変化ではたき込むという勝つためなら横綱の品格も何も関係なしという相撲をとり、優勝決定戦では逆に本割で圧倒された分出足で挽回しようとして頭を下げ過ぎ、白鵬の変化についていけずばったりと手をついてしまった。中盤こそ朝青龍らしい相撲が戻ったかに見えたが、強引さが常についてまわり、余裕が感じられなかった。千代大海に立ち合いの変化で勝とうとしたところに、朝青龍が一時の強さを失っていることが見てとれた。八百長も何も関係ない。稽古不足が露呈した場所だった。
優勝した白鵬も、決して磐石とは言い難い。初日、稀勢の里に引き落とされたように、持ち前の足腰のよさがまだ戻っていない。ただ、戦場所よりもずいぶんよくなってきてはいるから優勝できたといえる。指の骨折で稽古できなくなった分、下半身の鍛練が不足したのだから、巡業ではシコを中心にしっかり足腰を鍛え上げれば、夏場所後の横綱昇進もあり得るのではないだろうか。
心配なのは栃東だ。初日から7連勝し、10日目には勝ち越してカド番は脱出したものの、頭痛がひどくなって途中休場。検査した結果脳梗塞のあともあり、医者の意見ではこれ以上現役でとるべきではないということらしい。膝の調子さえよければまだまだ技の冴えで魅せる力士だけに、このまま引退となると寂しい。ただ、命は大切にしてほしいので、進退がどうなるのか気がかりだ。
場所の途中で発熱して調子を崩して負け越した千代大海、なんとか千秋楽に勝ち越すのがやっとだった魁皇は、かつての輝きを取り戻すのは難しいように思う。特に魁皇が敗れた相撲の内容は、引退直前の力士のようなあっけなさである。
失望させられたのは琴欧洲である。朝青龍との一番では、一丁食ってやろうという気概が見えないどころか、最初から気持ちが逃げているような表情で、闘志というものが感じ取れなかった。勝ち越してはいるけれど、大関らしいところが見えない。堂々としているという意味では豊真将の方がよほど大関らしく見える。
序盤をわかせた時天空は足技にだけ頼る相撲が少なくなり、小結で負け越したがかなり実力がついたと感じさせた。三賞こそ逃したが、黒海の立ち合いに確実性が見られるようになったし、豊ノ島は4日目の朝青龍戦でヒジを傷めながらも中にもぐる相撲を忘れずなんとか勝ち越した。新関脇の琴奨菊は前半こそ自分の相撲がとれずに負け越してしまったが、後半はがぶり寄りができる体勢に持っていくやり方を思い出せて6連勝し、負け越しを最小限にとどめたのは立派である。
技能賞の豊真将は、下半身が安定している上に上半身とのバランスがよく、正攻法の寄りで10勝をあげた。来場所は新三役も期待できる。一気に大関候補に名乗りをあげられるか。新入幕の栃煌山は12日目まで2敗で白鵬を追い掛けるという健闘ぶり。こちらも出足を生かした小気味よい寄りと押しが決め手という有望株だけに、来場所の上位力士との対戦が今から楽しみである。その栃煌山と幕下時代から出世を争ってきた豪栄道は十両で11勝をあげた。こちらも若さ溢れる勢いのある出足が特徴で、早く栃煌山に追いついてほしい。
十両優勝の里山は小柄だが運動神経がよく、切れのいい動きをする。この力士も力がついて上位に定着すれば、安馬や豊ノ島のように会場をわかせる力士になるだろう。
八百長騒動で揺れた春場所であるが、ガチンコ相撲で勝負にのみこだわれば、朝青龍のように立ち合い変化しても勝てばいいという相撲が横行するのではないかと思わさせられた。八百長の有る無しにかかわらず、ファンの納得が行く熱戦を見せてほしい。少なくとも、優勝がかかった相撲で立ち合い一瞬のうちに勝負が決まるというのは、興をそぐことおびただしい。
33代木村庄之助親方が定年退職で、今場所限りで軍配を置く。はすかいに足の位置を置く独特の構え、派手さはないが着実な裁きは、朝之助時代から変わることがなかった。お疲れ様でした。
(2007年3月25日記)