場所前の大麻事件の責任を取り、北の湖前理事長が辞任し、新たに元横綱三重ノ海の武蔵川理事長が就任した。新理事長がまず取り組んだのは、立ち合いの正常化だ。腰を割り両手をついて相手と呼吸を合わせるという基本を徹底して守らせた。ただし、場所前に講習会をしたわけでも審判委員の間でちゃんと規準を決めたわけでもなかったので、力士たちは先場所までの「チョン立ち」を直すことがなかなかできず、放駒審判部長のように勝負が決まっていても取り直しをさせる人もいれば、貴乃花審判部副部長のように呼吸が合っていればしっかり両手をついていなくても立ち合いを成立させる人もいた。行司もしっかりと見て待ったをかける人と手つき不十分をちゃんと見ずに従来通りの立ち合いで「残った」と立ち合い成立の合図をする人もいた。そのため力士に混乱が生じて、中には春日王のようにすっかり自分の相撲を見失ってしまう力士もあらわれた。やっていることは正しいことだと思うし、改革はまずファンに見えるところからという気持ちも伝わった。しかし、準備不足であることは明らかであり、来場所までにはちゃんと講習会を開いて力士も行司も審判も統一した立ち合いのあり方を確認すべきだろう。そして、この厳しい姿勢を今場所限りにせず、来場所以降も続けていってほしい。
武蔵川理事長は協会あいさつで、初日には不祥事の全責任を協会にあると明言し、ファンに対する謝罪の辞を述べた。千秋楽には朝青龍の休場に対する遺憾の意を示した。こういった姿勢が、今後週刊現代との八百長裁判でも生かされることを望んでいる。
さて、立ち合い正常化の影響は白鵬にも少しばかりおよんだ。5日目の稀勢の里との一番で立ち合いを失敗し、引いてしまったところにつけいられて押し出された。稀勢の里が今場所絶不調だっただけに、惜しい相撲であった。ただし、この相撲以外は磐石。相手に十分相撲を取らせておいてからやおら反撃してしとめるという格の違いを見せつけるような相撲もあった。先場所に続く連覇はまさに白鵬時代の幕開けを示すものだろう。14日目に琴欧洲を投げつけて優勝決定。最後まで追いかけた琴光喜と安馬が14日目にそれぞれ硬くなりすぎて体が思うように動いてなかったのと好対照であった。
それでも琴光喜は持ち前の粘り強い相撲に速さも加わり大関らしい相撲を取り続けた。安馬はスピードに磨きをかけて相手に相撲を取らせない体勢を作るのに成功した。12勝で今場所を終え、来場所に大関昇進を賭けることになる。千代大海と魁皇はそれなりに自分の相撲を取ってはいたが、相変わらず大関の地位を守るのみにとどまった。情けないのは琴欧洲で、夏場所に相撲開眼したかと思わせただけに今場所のふがいなさにはがっくりきてしまった。
殊勲賞は4大関を撃破した安馬。技能賞は該当者なしだったが、安馬に贈ってもよかったのではないか。なんでも安馬が殊勲賞を受賞したので技能賞は見送られたのだという。W受賞は過去に何度もある。そんな大人の事情みたいな理由で該当者なしにするのではなく、ちゃんと力士の相撲を評価して相対的にではなく絶対的な評価のもと三賞を決めるべきだろう。敢闘賞は豪栄道。後半まで優勝争いに加わった活躍が評価された。出足がよく、気合いも十分だ。将来の大関を狙う力士として、来場所は新三役で足掛かりを作ってほしい。
期待された力士は次々とふがいない相撲で敗れて負け越し。特に稀勢の里と琴奨菊は自分の持ち味を出し切ることができないまま千秋楽を迎えてしまった。
とにかく、立ち合いの手つきに始まり手つきに終った場所であった。改革の姿勢は示せたが、全体に事件の余波からか落ち着かない15日間だったように思う。
元関脇玉春日が引退を表明。年寄楯山として協会に残ることになった。若い頃は突き押しの威力で台頭し、貴乃花に土をつけて関脇に昇進したこともあった。晩年は若手の関門というような立場で老獪な相撲を取り観客をわかせた。下位に落ちると大勝して存在感を示したりもした。学生相撲出身ながら、苦労人というような風情をただよわせた個性派だった。更新の育成の手腕に期待したい。長い間お疲れ様でした。
(2008年9月29日記)