横綱の風格。
今場所の白鵬を一言で表すとそうなるか。立ち合いしっかり踏み込み、相手に力を出させておいてからおもむろに力を入れ、腰を決めて寄り切る。投げの打ち合いになったのは琴欧洲との相撲だけ。負ける要素はどこにもなかった。不知火型の土俵入りの横綱としては太刀山を超える10度目の優勝を全勝で飾った。もっとも大正時代の優勝回数と平成の現在とでは年間の場所数も優勝制度も違うので比較するのはおかしいけれど。
対する朝青龍は初日からスピードのある相撲で突っ走ったが、10日目の日馬富士との一番、油断したようにいつものように張り差しにいって、相手の顔をそむけさせることができず中に入られ後ろにまわられなすすべなく敗れると、かつてカモにしていた琴光喜には完全に動きを封じられて負け、これで緊張の糸が切れたか、琴欧洲にも白鵬にもあのギラギラした勝利への執念を見せることなく敗れた。稽古の貯金すでになく、威嚇の張り差しも効かぬとあらば、残るは気力と執念のみ。これもなくなった朝青龍に勝ち目はない。それをはっきりと見せた場所だった。先場所の優勝を私は「復活優勝」といえるかどうかと書いたけれど、やはり先場所の優勝は「復活」ではなかったのである。
中日を終った時点で優勝は両横綱に絞られ、朝青龍が1敗した時点で白鵬以外の優勝力士は考えられなくなった。これはすべて大関陣のふがいなさに由来する。場所前の稽古で歯を折り頭からの当たりが鈍った日馬富士。なんとか勝って序盤を1敗で乗り切ったけれど相撲内容に往年の力強さのなかった魁皇。カド番脱出に全力を尽くした観のある琴光喜。相変わらず腰高で日によって安定感のバラバラな琴欧洲。怪我のせいで力は出なくとも15日間全て出場したことだけが評価の対象にしかならない2勝止りの千代大海。2ケタ勝てた日馬富士と琴欧洲、そして朝青龍に勝って引導を渡した琴光喜は辛うじて合格点というところか。
さらに期待外れの新関脇稀勢の里。どこか具合が悪いのかもしれない。相撲の雑さが目立ち過ぎた。豪栄道は勝ち越したが、横綱戦では全く自分の力が出せていない。勢いが止まると栃煌山は崩れる。琴奨菊は得意のがぶり寄りの形に持ち込む前に崩されている。三賞は徐々に力と勢いを取り戻してきた豊真将が敢闘賞、柔らかい体を生かしつつも出足のついた鶴竜が技能賞。殊勲賞が該当者なしというのが今場所を象徴していた。
三賞は逃したが、巨体を利しての寄りが身についてきた山本山はその異形も相まって強く印象に残った。十両優勝の豊響は売り物の強い当たりが戻ってきた。来場所は幕内で大暴れしてほしい。
さあ、これからは早くも大横綱の風格を備えはじめた白鵬の牙城を崩すものが出てくるのか、それが焦点となるだろう。今場所はまだその序章に過ぎないように思われる。
元幕内の皇司が引退。38歳まで現役を続けてきたその息の長さ。黙々と押す相撲で晩年は若手の前に立ちはだかる壁というような存在だった。優勝や三賞に縁はなかったが、まさに脇役的存在として地味に土俵を支えてきた。今後は年寄若藤として入間川部屋で後進の育成にあたるという。長い間お疲れ様でした。
(2009年3月29日記)