大相撲小言場所


平成二十二年春場所展望〜朝青龍とは何者だったか〜

 朝青龍が引退した。一般人に暴行を働いたのだから、横綱であろうと幕下であろうとおよそ格闘家としては許されないことで、これまでの処分歴と合わせても横綱審議委員会が引退勧告を出すのは当然であろう。トップアスリートとしての自覚がなかったとしか言いようがない。
 朝青龍とは何者だったか。
 彼の引退後、私はずっとそのことについて考え続けてきた。
 横綱になるほどの実力があったことと、同時代に彼と並ぶ力をもつライバルがいなかったことが、彼の不幸であったと、そう考えるようになった。彼の残した優勝記録は立派なものだ。しかし、7連覇を阻止できるほどのライバルがいなかったから、その記録は達成されたのではなかったか。貴乃花と武蔵丸の引退がもう一年遅ければ、彼はまだまだ自分の力不足を感じたり、その世界での第一人者はどうあるべきかを学ぶ手本についていけただろう。しかし、彼は未成熟のまま頂点に立った。そして、未成熟であっても頂点であるからにはなにをしてもいいと考えるようになった。
 彼は素晴らしい力士になれたはずだ。ただし、すぐに頂点に立つのではなく、先達に続く二番手か三番手として。彼の相撲はモンゴル相撲と日本の相撲をミックスしたところがあり、それは日本の相撲の土俵では本道ではなかった。本道を行く大横綱が存在し、そこに挑む異能力士という立場であれば、彼の今日の悲劇はなかったであろう。
 師匠の指導力の弱さもよく指摘されるが、どう指導しても、異能力士が頂点に立ってしまったという現実の前には無力だったに違いない。主役でなければもっと人間としてもアスリートとしても一流の存在になれただろうに。相撲の技量は抜群であったが、トップアスリートというのはそれだけではいけないのである。
 相手を脅すようにして自分の力を誇示する姿は、実は本当は臆病でもろい自分を隠すための虚像だったのではないだろうか。
 春場所からは、朝青龍がいない。一時的に土俵は寂しくなるだろう。
 しかし、白鵬を中心にしてこれからの相撲界は動いていく。今場所は白鵬が軸となった優勝争いが展開され、持病の腰痛が出なければ白鵬が独走するだろう。対抗馬は琴欧洲か日馬富士か。把瑠都は怪我の影響でそう期待はできないと思われる。ここに豪栄道や稀勢の里がからむと面白くなりそうだ。
 朝青龍がいない土俵を、自分が代わりに盛り上げていくのだという気持ちが各力士にあれば、今後の展開にも光が見えてくる。
 一番怖いのは白鵬の前にすべての力士があきらめにも似た感情を抱くこと。
 白鵬の好敵手の台頭が、今こそ求められるのである。

(2010年3月13日記)


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