大相撲小言場所


名古屋場所をふりかえって〜日馬富士、白鵬の連覇を止める〜

 白鵬の牙城が崩れ落ちた。11日目、琴奨菊のがぶり寄りに土俵を割った時、それは決まったのかもしれない。というのも、ここまでの7連覇は常に白鵬が主導の優勝争いで、しかも上位陣は早々と取りこぼして優勝争いから脱落し、白鵬と優勝を争うのは前半戦に調子がよくその勢いで勝ち進んできた平幕力士という図式が定番となっていたからだ。白鵬は稀勢の里などに負けた時も、実力差の少ない大関陣はもう優勝をあきらめざるを得ないという状況になっていた。
 しかし、今場所は違った。白鵬に土がついたことにより、日馬富士が単独トップに立ったのだ。そして12日以降、白鵬は勝ち続ける日馬富士の背中を見ながら土俵に上がることになった。そして直接対決の14日目、白鵬はこの一番に勝たなければ優勝できないというところに追い込まれていた。7連覇の間、このような精神状態で土俵に上がったことはなかった。
 日馬富士は右の前まわしをすんなり取った。白鵬に焦りがあったということなのだろうか。これまでこうすんなりと日馬富士に前まわし地を取らせることはなかった。大一番は終始日馬富士のペースですすみ、出し投げで体勢を崩された白鵬は一度は投げをしのいだものの、二の矢三の矢には耐えきれず、寄り切られた。前人未到の8連覇は成らなかった。千秋楽の把瑠都との一番は、もういつもの白鵬ではなかった。緊張の糸が切れ、なすすべもなく敗れた。
 白鵬はまだ完成された横綱ではなかったのだ。曙や武蔵丸といった強力なライバルと切磋琢磨し、激しい優勝争いを毎場所繰り広げていた貴乃花の域には達していなかったのだ。これがはっきりしたことで、来場所以降どう修正していけるのか。白鵬は意外な課題をつきつけられた。
 日馬富士は、闘志を前に出し、速く動き決着をつける、朝青龍の後継者であることを今場所見せてくれた。ただし、優勝決定後の千秋楽に稀勢の里に敗れたあとに浮かべた苦笑いは、まだ朝青龍の域には達していないことを示していたように思う。あのヒール横綱は、そんな時には悔しさを前面に出し、花道で吼えたものだ。あれほど勝敗にこだわる力士は(良くも悪くも)他にはいない。勝敗が決したあとにムダにダメ押しをするようなところだけ真似ていたのでは朝青龍のような横綱にはなれない(ならなくてもよいが)。しかし、度重なる故障を克服しての2度目の優勝に拍手を送りたい。
 そして魁皇。引退した時の私のブログをここに写しておく。
”そうかあ、ついに魁皇も現役を退くことになったか。千代大海とカド番の記録を争うていたころは、もうそろそろ引き時やないかと何度も思うたけれどね。ここ2年ほどはもう成績もなにも超越した「角界の至宝」みたいな存在になっていた。そう、魁皇が土俵に上がるという、ただそれだけでファンは満足するというようなそんな存在です。
 千代の富士の持っていた通算勝利数の更新は執念で成し遂げたけれど、おそらく達成したことでもう自分のすべきことは終わったと感じたのかもしれんなあ。
 怪力無双。右上手を取ると全盛期の貴乃花でさえ苦しんだ。まさに「自分の型」を持つ者の強みというものを感じさせる力士やった。
 相手が深く差して中にもぐろうとすると、上手が取れなくても強引な小手投げで上からつぶすように勝っていった。あまりに力が強いもんやからその小手投げを決められた力士が腕を傷めることもしばしば。まさに怪力やった。
 晩年は特に関心にサポーターが目立った。満身創痍でも、日本人力士唯一の大関として土俵に上がり続けた。地元福岡では対戦相手は館内のファンのすべてを敵にまわしているかのような大声援やった。あの朝青龍でさえ脇役に追いやるほどの人気やった。記録も数多く残したけれど、それ以上に記憶に残る名力士やった。
 それだけに、「名誉横綱(もともと横綱は強い大関に与えられる称号やったんやから、こんな言い方は変やとは思うけど)」かなんかにして一場所だけでも横綱土俵入りをさせてあげたかったなあ。
 とにかく、長い間楽しませてくれてありがとうございました。ほんまにお疲れ様。長く現役を続けるほどに人気があがるという、こういうタイプの人気力士はそうそう現れんやろうなあ”
 積み重ねた勝利は1047。今後、年寄浅香山として後進の指導にあたるという。いずれは名門友綱部屋を引き継いでもらいたい。
 琴欧洲はカド番を脱出。もっとも、彼らしい取り口は見られず、ただただ勝つことだけに必死になり相手の受け身も取らせないような相撲まで見せての必死のカド番脱出だった。土佐豊の休場は、琴欧洲戦で変な風に土俵際で持ちあげられ投げとばされたせいだろう。あれはよくなかった。
 大関昇進に王手をかけた琴奨菊の失速は「心技体がそろわなければならないことがよくわかりました」と千秋楽の三勝インタビューで語ったことがすべてだろう。白鵬に勝ったことで、夢中で相撲を取り切るところから「大関昇進」への意識が強くなりすぎ、負けられないというプレッシャーが彼を押しつぶしたのだろう。難攻不落の横綱白鵬を下したことで殊勲賞は得たが、来場所こそ今場所の教訓を薬にして文句なしで大関に昇進できる相撲を取り切ってほしい。
 敢闘賞は豊真将。結婚していたことを発表したことで気持ちが楽になったというわけではないだろうが、本来の前に出る勢いのある相撲が取れるようになって11勝。三賞は逃したが、ともに2ケタ勝利を記録した鶴竜と稀勢の里も勝ち相撲に関してはもう大関としての力量は備えていると見た。
 十両では舛ノ山、隆の山、妙義龍らの相撲が目を引いた。来場所の新入幕が期待できる。
 久々の本興行。空席が目立ったけれど、本当に相撲が好きな人に見放されてのものではないと思う。先場所(技量審査場所)の内容を見ていれば、ぜひ本場所に足を運びたいと思ったはず。テレビ中継がなかったことや先場所が入場無料だったことの反動がきたと思いたい。
 白鵬の思わぬ課題が露呈しただけでも大きな意味のある場所だった。全体に相撲内容も悪くはなかった。できれば千秋楽まで優勝争いがもつれるような展開になってくれれば、とは贅沢な望みかな。

(2011年7月24日記)


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