今場所の主役は間違いなく新入幕の逸ノ城だった。初日から圧倒的な強さで6連勝。7日目に勢に上手投げで敗れたが、なんと新入幕力士に土をつけた勢がインタビュールームに呼ばれるというNHKの中継史上異例の事態に。11日目からは稀勢の里、豪栄道、鶴竜と大関と横綱を次々と撃破し、14日目に1敗で並んだ白鵬と対戦、さすがに白鵬は強く勝つことはできなかったが、13勝2敗で堂々の準優勝。殊勲賞と敢闘賞を受賞した。ただ、稀勢の里と鶴竜には相手が思い切りくるところを立ち合い変化しての勝利だけに、評価は少し下がったといえなくもない。あの変化をまともに食らう稀勢の里や鶴竜にも問題はあるのだけれども。
なにはともあれ、NHKの刈屋、藤井といったベテランアナウンサーが「モンスター」と連呼したその怪物ぶりは驚異的だった。
そこに立ちはだかる壁となった白鵬は、13日目の豪栄道戦だけは一気の寄りに屈し、苦手力士を作ったなという感じだったが、他の力士には力の差を見せつけて31回目の優勝。千代の富士に並んだ。ただ、優勝インタビューで「ここのところ苦しい優勝が続いている」と本人が語るように、圧倒的な力の差を見せつけて勝つというよりは、相手が力んで負けているような相撲が多く、長年第一人者でい続けることの精神的な疲労度は我々が思うよりも強いのかもしれない。白鵬にとっては聖域といえる大鵬の32回目の優勝に王手をかけた状態だが、これも優秀インタビューで触れられた時には黙して語らず。
技能賞は安美錦。前に出る相撲で10勝をあげたことが評価されたのだろうが、今場所の安美錦が受賞できるのであれば、なぜ最近数場所技能賞は該当者なしが続いたのか、ちょっと解せない。少なくとも安美錦は今年に入ってからでも今場所のような相撲を多く取った場所は何度もある。技能賞の基準についてますますわからなくなってきた。
さて、問題は鶴竜。どうも横綱の強さというよりは大関時代の延長という感じで、土俵際の引き、叩きなどが目立つ。逸ノ城戦では逆に相手を見ずにつっこんでいって変化されてあっけなく敗れた。このままでは横綱としての優勝はなかなか難しいのではないか。11勝は横綱として最低限の責任は果たしたといえるのだが。
日馬富士は眼底骨折で休場。手術せずに治るまで待つということになった。気合が入った時の日馬富士の相撲はファンを大いに喜ばせるものだけに、完治してから再び土俵に戻ってきてほしい。
大関陣は、無残。新大関の豪栄道は初日から緊張感で体が動かず、千秋楽にやっと勝ち越し。ただ、白鵬を一気の寄りで下した相撲はみごとだった。怪我で巡業中に稽古ができなかったのが響いたのだろう。秋巡業ではしっかりと稽古して来場所こそ真価を発揮してほしい。琴奨菊は先場所の快進撃が嘘のようにもろかった。稀勢の里は珍しく肩に大きくテーピングをしたりして、体調が万全でないことをうかがわせた。相撲もそれがはっきりとあらわれていた。負ける時のあっけなさは稀勢の里本来のものではなく、引退間近かと疑わせるような相撲が多かった。白星は琴奨菊、稀勢の里とともに9勝。
平幕では勢の相撲が安定していてよかった。前に出る積極的な面が目立ち、来場所にも期待したい。また、宝富士は稀勢の里に勝った相撲など、これまでにない力強さがあって、もしかしたら大化けするかもと思わせる。
十両の栃ノ心が全勝優勝。十両の全勝は把瑠都以来。先場所と同様、怪我から復帰して以降は四つの形がよくなり、攻めも厳しくなった。先場所は逸ノ城に本割と決定戦で勝って優勝しており、来場所以降、幕内での対戦が楽しみである。
若荒雄が引退。再十両の場所で負け越したまたも幕下落ちが確定的ということでの引退。一番よかった頃の突き押しの力は素晴らしかったが、突っ張って叩くというパターンで勝つことを覚えてからは、それ以上の伸びがなくなってしまった。はたくタイミングの良さは絶品だったが、突き押しの力が弱くなるとともに勝てなくなってしまった。徹頭徹尾突き押しで録り続け、叩きを封印していたらもっと上を目指せたかもしれなかっただけに、若くしての引退は残念である。年寄不知火を襲名し、今後は後進の指導にあたる事になった。晩年は幕下に落ちて苦労もした。それが指導者としての強みになる事を期待している。お疲れさまでした。
(2014年9月28日記)