前半戦の主役は琴奨菊だった。初日に白鵬が宝富士にあっけなく敗れ、鶴竜も豊ノ島に屈し、3日目には日馬富士が琴勇輝に押し出され、横綱が次々に破れる中、大関陣は順調に星をのばす。横綱を狙う琴奨菊は5日目に隠岐の海に土俵際の逆転の叩き込みで敗れたが、6日目からは立ち直り中日まで勝ちっ放しの稀勢の里と9日目に対戦。稀勢の里は立ち合い当たると珍しく変化を見せて琴奨菊を突き落とす。これで琴奨菊は勝たねばと焦るようになったか残る大関、横綱との対戦はすべて敗れ、綱取りどころか勝ち越しがやっとという成績で終わってしまった。入れ替わるように浮上したのがカド番の豪栄道。5日目、琴勇輝に不覚をとったが、その後は思い切りのいい相撲で勝ち続け、11日目まで1敗を守った。
白鵬は2日目から闘志をむき出しにし、朝青龍が乗り移ったかのような激しい相撲を取る。4日目には隠岐の海をダメ押し。中日の嘉風にもダメ押しをしたところ、井筒審判長の上に嘉風が落下して井筒親方は大腿骨骨折、入院を余儀なくされるということにもなった。それでも9日目の栃煌山戦では強烈なかちあげを使うなど、なりふり構わず勝ちに行く姿勢が見られた。
勝ちっ放しの稀勢の里に対し、11日目、白鵬は左張り手右かちあげで体勢を崩して寄り切り。12日目の豪栄道戦、13日目の鶴竜戦でも同様の相撲で圧勝した。稀勢の里は12日目に日馬富士に対して勝ちを焦り、土俵際で叩き込まれて連敗。それでも2敗同士の千秋楽の豪栄道戦では落ち着いた寄りを見せて優勝決定戦への可能性を残した。
千秋楽、白鵬は突っ込む日馬富士に対して立ち合い変化を見せると、日馬富士は白鵬の体に触れることなく土俵を飛び出す。あまりにあっけない相撲で優勝が決まった。
異様な千秋楽だった。優勝が決まったあと、表彰式も見ずに帰る観客も目立ち、優勝インタビューでは白鵬に対して「変わって勝って嬉しいんか」「勝ったらなんでもええんか」と罵声が飛ぶ。強く当たってくる力士に対してここ数場所の白鵬は恐れを感じさせるくらいの対抗策をとってきた。それが優勝決定の一番に出てしまったのだが、まさかここまで罵声を浴びるとは思ってもいなかっただろう。大阪の観客は、見ごたえのある相撲には惜しみなく拍手を送るが、立ち合い一瞬の変化で決まる相撲には常に厳しい。それが一番肝心なところで出たということなのだろう。
落ち着いて相撲を取るようになった稀勢の里も、例によって肝心なところで勝ち切れなかった。健闘したのは豪栄道で、カド番で勝ち越すのがやっとかと思っていたのが、負傷をカバーする前進相撲で自己最高となる12勝をあげたのは立派。琴奨菊は前述のとおり、終盤は気持ちが切れたのかやみくもに前に出て引き落とされるという形で横綱大関陣に全敗。照ノ富士は怪我が完治していないせいか攻められるともろく、カド番を脱出するのがやっとだった。
横綱では日馬富士が場所直前に足を痛めて本来の相撲が取れずに9勝どまり。鶴竜は取りこぼしが多く10勝したものの優勝争いからは早々と脱落した。
ただ、前半は横綱大関みな元気で関脇、小結、平幕上位の力士たちは大敗。豊ノ島、嘉風ら実力者も負け越して三役は来場所がらりと顔ぶれが変わる。元気だったのは琴勇輝。日馬富士からの初金星では涙が止まらなかった。豪栄道と照ノ富士も倒し、12勝で文句なしの殊勲賞。前半、優勝争いを引っ張ったのは勢。終盤に上位と当たって星をのばしきれなかったが、千秋楽に勝てば敢闘賞というところまでいった。しかし琴勇輝との熱戦で惜敗し、三賞はならず。場所を盛り上げた功労者だけに条件付きにせず敢闘賞を出してもよかったのではないか。持ち前の押し相撲を徹底して11勝した魁聖に三賞がないのも腑に落ちない。小気味よい押し相撲が戻ってきた妙義龍には技能賞をあげたかった。技能賞の該当者なしは、毎回書いているが厳しすぎはしないか。
千秋楽の一番とインタビュー中の罵声で興がそがれはしたが、稀勢の里、豪栄道の健闘で非常に盛り上がった場所だった。白鵬の勝利への執念が2大関を上回ったということだろうか。
怪我で十両落ちした大砂嵐は12勝で十両優勝。同じく十両落ちの遠藤も相撲のうまさで順当に勝ち星をのばして11勝。この二人が来場所幕内に復帰したら、さらに盛り上がることだろう。そして幕下の宇良が6勝をあげて来場所の関取昇進を濃厚にした。本場所を見に行った時、幕内の力士以上に宇良への歓声が大きかった。十両以下にも見どころの多い場所だった。
(2016年3月27日記)