大相撲小言場所


平成二十八年秋場所場所展望〜白鵬休場で稀勢の里にチャンス〜

 白鵬が左膝の怪我と右指の骨折で休場。今場所優勝すれば横綱昇進といわれる稀勢の里には大きなチャンスが訪れた。日馬富士は連覇できるほどの安定感はなく、鶴竜は先場所休場で土俵勘が戻る前に取りこぼす可能性が高い。照ノ富士はまだカド番脱出がやっとという状態。琴奨菊と豪栄道はともにカド番。
 なにもかも稀勢の里優勝に機運が向いている。そのように思われる。先場所後半は怪我で苦しみ、夏巡業も前半は休んだ稀勢の里だが、後半から参加して稽古を積み、場所前の稽古量も十分だそうだ。これで優勝しないと罰が当たりそうなくらい条件がそろっている。
 それでも、稀勢の里優勝と確信できないところが辛い。過去、稀勢の里は絶対有利という状況になると信じられないような黒星を喫してきた。特に初優勝の可能性の一番高かった平成24年夏場所、終盤にばたばたと敗れ、旭天鵬と栃煌山の平幕同士の優勝決定戦を許してしまっている。あの頃よりも精神的にはかなり安定してきてはいるが、ここというところで体が動かなくなってしまう精神的なもろさはまだ残っている。
 それでも、優勝候補一番手は稀勢の里であることには違いない。
 連覇が期待される日馬富士は、展開次第。先場所も序盤で取りこぼしたが、白鵬と稀勢の里が星をのばせずに優勝圏内に残ってくると、後半は強い集中力で優勝をもぎ取った。後半、優勝圏内に残っていられれば連覇もあるだろう。そういう意味では、日馬富士も白鵬休場で有利になった口かもしれない。
 新入幕は天風と千代翔馬。明るいキャラクターの天風は重い体を生かせば好成績を残せそうだ。千代翔馬は投げに切れ味があり、亡くなったばかりの師匠、千代の富士の先代九重親方の墓前によい報告をしたい。
 十両での注目は来場所の新入幕を狙う宇良。プレッシャーに負けずに持ち前の技のキレを見せられるか。アキレス腱断裂から復帰の安美錦は土俵生命をかけての出場となる。長年培ってきた技巧で若い力士をいなし、なんとか復活を果たしてほしい。

 元横綱千代の富士の九重親方が死去。享年61。死因は膵臓癌。以下は当日の私のブログから。
 大横綱、かと言われると、私は言葉に詰まってしまう。それよりも異能横綱と呼びたい。大きな相撲ばかり取って脱臼癖が治らなかったのを、肩に筋肉をつけることによって防ぎ、前褌を取って寄る正攻法を身につけ、一気に横綱に駆けあがった。ただ、開花したのは遅く、残した記録のほとんどが30代やったというのも他の大横綱とは違うところ。
 実は、私は千代の富士の上手投げ「ウルフスペシャル」が最後まで好きになれなんだ。相手の頭を押さえつけて強引に土俵に叩きつける投げは、美しくなかった。同時期の二代目若乃花の相手の足が弧を描くようにして宙を舞う、あの上手投げの美しさにはとてもかなわない。土俵際に逆転勝ちした時に両手を広げてセーフのポーズを取るのも見てて気持ちのいいもんやなかった。逆鉾がガッツポーズをして審判に注意されたのに、千代の富士のセーフはええんかと憤慨したもんです。
 ただ、その強さはほんまもんやった。双羽黒、大乃国、旭富士、小錦、霧島……次代を背負う者たちを次々と跳ねのけていった。そのため、千代の富士が引退したあと、次の世代の力士たちは目標を見失ったように力を落として早く引退していった(双羽黒だけは別やけど)。
 現役当時から、星を買っているという噂はよく飛んでいた。そのせいか、引退後の教会での立ち位置は微妙で、理事選挙に落選するなど人望のなさがあらわになったのは、現役時代の華やかさを知る相撲ファンとしては複雑な思いやった。
 ただ、千代の富士時代は、千代の富士に対抗する力士たちがそれぞれに個性的で強かった。これがのちの朝青龍や白鵬の時代とは違うところ。土俵の面白さという点では、今よりもずっと上やったと思う。そして、その中心には必ずウルフがいた。
 そして、貴花田に敗れ時代交代を劇的に演出しながらすぱっと引退した潔さ。引退会見の「体力の限界っ……」とつまって涙をふき、「気力もなくなり……」と淡々と続けた、あれもまた相撲史に残る名シーンやったと思う。
 謹んで哀悼の意を表します。

 元小結時天空が引退発表。こちらも私のブログから。
 悪性リンパ腫で1年間休場を続けた後、ついに引退を決意したという。放射線治療の影響などで坊主頭。抗がん治療をする前に断髪式を密かにし、髷はちゃんと残しているそうです。
 モンゴル出身力士としては異色の経歴。東京農大を出てからの入門やから、モンゴル力士というだけやなく大学出の力士でもあったのです。取り口も個性派。蹴手繰り、蹴返し、二枚蹴りとその足癖は現役力士では他の追随を許さず。立ち合い一瞬で足を飛ばしたかと思うと、十分に組んで相手がほっとしたところで足を飛ばす。いつ足が出るかと期待していたら、相手の警戒するのを利用して正攻法で勝つ。
 時天空というしこ名がかっこいいですよ。こんな雄大なしこ名はないね。「時」は時津風部屋からとったものとしても、そこに天、空とつなげたんやから、先代師匠のセンスに感服。新弟子をしごいて死なせた人やから、あまりほめたくないけれど……。
 また大銀杏が結えるようになるまで髪をのばしてから正式に断髪式をする予定やそうで、病はなんとか癒えたらしく、それだけでもよかったですよ。
 海乃山以来の蹴手繰り名人。次にこういう足癖力士が出てくるのはいつのことか。そういう意味でも貴重な存在で、土俵復帰を願うていたけれど、体力的にもう難しいというのやからこれは仕方ない。日本国籍を取得し(日本名の本名も時天空!)間垣親方として後進の育成につとめるという。
 ようがんばらはった。お疲れ様でした。

(2016年9月10日記)


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