これほど相撲ファンから優勝を望まれていた力士がいただろうか。
ここというところで必ず期待を裏切る。どんなに先頭を突っ走っていてもいざというところでとりこぼす。素質も強さも第一人者であるのに、日馬富士や鶴竜の後塵を拝してしまう。私もこれまで何度も「期待するのはやめた」と書いた。
稀勢の里が、ついに初優勝を果たした。
昨年の琴奨菊や豪栄道の初優勝は、相撲の神様がその場所だけ彼らのために降臨して優勝に導いてくれたというような感じがしたのだが、今場所の稀勢の里はそうではなかった。
いつもの場所とさして変わらない。負けそうな相撲で踏みとどまっただけである。中日の隠岐の海戦など、土俵いっぱいに追いつめられての突き落とし。9日目には前日までごろごろと平幕に転がされていた琴奨菊に真っ向から寄り切られる。
では今場所はどこが違ったのか。
まわりの力士たちが次々に自滅してくれた、と言えばいいのか。前場所優勝の鶴竜は10日目で5敗し休場した。日馬富士は序盤に連敗したものの、持ち直していたところへ6日目の玉鷲戦で故障して休場。豪栄道は12日目の遠藤戦で怪我をして休場。しかも稀勢の里に不戦勝をもたらした。白鵬は中日に荒鷲に上手くまわられて金星を与えると、高安には一気の攻めに屈して連敗。1差で追いかけていたのが、14日目に貴ノ岩にもぐりこまれて後退し、あっけなく寄り切られた。初顔合わせの平幕力士に2つも金星を許す白鵬は、往年の王者の姿からは程遠かった。
それでもいいではないか。貴乃花が、朝青龍が、そして白鵬が、「終わってみたら結局優勝していた」というような上位陣の自滅で数多く優勝している、それが初優勝だったというだけの話だ。つまり、稀勢の里の優勝は、ひと場所だけの勢いがもたらしたものではないということだ。つまり、今後もいつもどおりにしていたら、何度でも優勝はできるのではないか。大関昇進の時もそうだった。他の力士のように勢いで昇進したのではなく、昇進基準を満たしてはいなかったけれど、実力を認められての昇進だった。それでも大関としての強さをこれだけ長く保ち続けてきた。
一度の優勝で横綱昇進とは、という向きもいるだろうが、優勝なしで年間最多勝を記録したように、実力はもう横綱同様で、欠けていたのが「優勝」だけだったということではないか。横綱昇進の声が上がるのは当然だと思う。
琴奨菊が大きく負け越して大関陥落。来場所10勝すれば復帰することは可能だが、今場所の相撲を見る限り、限界に近付いているように見える。照ノ富士は攻められると踏ん張りがきかず4勝止まり。場所前の危惧がまたも当たった。
上位陣がふがいない分、平幕力士の活躍が目についた。殊勲賞は貴ノ岩。優勝争いに加わり、14日目にあてられた白鵬に真っ向勝負で寄り切った力強さが光る。技能賞は御嶽海と蒼国来。御嶽海は出足のよさが光り、蒼国来は体の柔らかさを生かした相撲で初の三賞。三賞には手が届かなかったが、逸ノ城も先場所までのもろさが消えて、体格を生かしたどっしりとした相撲で優勝争いにからんだ。負け越しはしたが、荒鷲が白鵬からの金星など動きのよい相撲を見せた。
三賞はもう一人、敢闘賞の高安。大関候補の一人なのだから11勝は順当とはいえ、仕切り直しとなった場所でこれだけ強さを感じさせるのだから、今年中には大関昇進もあるのでは。30を過ぎて相撲開眼をした玉鷲の押し相撲の形のよさもみごとだった。期待の正代は胸を出す立ち合いをつかれて負け越し。ここでの負け越しは誰もが当たる壁といえるだろう。
十両では宇良がたすき反りの珍手を決めるなどして11勝をあげ、来場所の新入幕を確実にした。人気力士の入幕で、春場所はさらに盛り上がるだろう。
稀勢の里の初優勝で久しぶりに相撲がスポーツ紙の一面を飾ったが、2横綱1大関の休場、2大関の負け越しなど、上位陣の不振は物足りなかった。その分、平幕力士たちが大暴れして盛り上げてくれた場所だったといえるのではないか。
(2017年1月22日記)