大相撲小言場所


春場所をふりかえって〜稀勢の里、新横綱で逆転優勝〜

 12日目までは稀勢の里が文句なしに優勝するかと思われた。相手に力を出させて、それからしとめるという、まさに横綱相撲だった。しかし、13日目に暗転する。日馬富士の立ち合い一気の出足に圧倒され、土俵下でうずくまる。肩をおさえ、苦悶の表情を浮かべる。このまま休場かとさえ思われた。ここで優勝への色気が出たのが1敗で追っていたカド番大関照ノ富士だった。14日目、大関復帰に賭ける琴奨菊を立ち合いの変化で下す。勝ちたいという、結果だけを追った相撲だった。琴奨菊への同情もあったか、館内では「そんなに勝ちたいんか」とブーイングの声が飛んだという。稀勢の里は鶴竜の前に力が入らず、一方的に敗れた。そして迎えた千秋楽、照ノ富士は精神的に不安定だったのではなかったか。稀勢の里は立ち合い変化した。まともに当たれない状態だったのだろう。これは立ち合い不成立で仕切り直し。次の立ち合い、稀勢の里は逆方向に変化した。そして組み止められた照ノ富士は気持ちだけ先走るように上体を前のめりにして寄って行った。土俵際、稀勢の里の突き落としに照ノ富士は転がされる。そして優勝決定戦。今度はまともに立ち合った両者だったが、照ノ富士はまたも焦ったように寄って出て、土俵際で逆転の小手投げに出た稀勢の里の前に連敗。まさかの逆転優勝が決まった。
 稀勢の里は表彰式の前、土俵下で泣いていた。休場か出場かの決断で苦しみ、14日目の相撲での一方的な敗戦で、か思うようにならない体に苦しんだ。それでも$心は折れなかった。大関時代、ここというところで堅くなって優勝戦線から脱落していった姿はもうなかった。逆に、照ノ富士に精神面の弱さを感じさせる結果になった。私は、照ノ富士の自滅と見ている。優勝できそうになったという時点で、それまで自分の相撲を取り切ることだけを考えていたのが、白星だけを欲しがってしまうようになった。琴奨菊に対して立ち合いの変化で勝った時に、もうすでにそれは表れていたのだろう。
 白鵬が初日から足が出ずに2敗したところで休場。怪我を押して出場した豪栄道も休場。日馬富士と鶴竜は序盤に2敗して早々に優勝戦線から脱落。
 優勝争いは稀勢の里、照ノ富士、高安、栃煌山の4人に絞られたが高安は10連勝のあと、緊張したか日馬富士、鶴竜、嘉風の前に連敗して脱落。栃煌山も終盤連敗して脱落。優勝のチャンスが一番大きかった照ノ富士は自滅。これほどまでに「心技体」の「心」の大切さを感じさせた場所はなかった。
 そういう意味では日馬富士は優勝の可能性が消えた後でも、高安と稀勢の里に対して全力であたり、圧倒するという意地を見せた。これもまた「心」のなせる技だったろう。
 殊勲賞は優勝争いにからみ、優勝が濃厚だった照ノ富士にも圧勝した高安。ただ、来場所大関をうかがうところまできているだけに、2横綱の前にあっけなく敗れたのは残念だった。敢闘賞は貴景勝。入幕2場所目で11勝。持ち味の押し相撲の良さをいかんなく発揮した。もったいなかったのは栃煌山で、終盤の脱落がなかったら文句なしに三賞を受賞できていたはず。序盤は連敗したが、中盤から出足鋭く連勝した大栄翔にもなにかあげたかった。
 大関復帰を賭けた琴奨菊は、序盤は気合の入ったがぶり寄りで10勝できそうに思えたが、中盤から息切れ。14日目に照ノ富士の変化で頭から突っ込んで行って6敗目で夢を断たれた。それでも千秋楽には気落ちすることなく嘉風に完勝したのだから、来場所以降は上位を脅かす元大関という位置で活躍してくれそうだ。
 とにかく稀勢の里のための場所だった。前売り券は発売日の午前中に売り切れ。当日券は平日でも早朝から並ばないと手に入らない。これは新横綱稀勢の里の誕生がなせる技だったといえる。そして12連勝。13日目におった怪我で絶望かと思われたのに、千秋楽で逆転優勝。
 来場所はここまでの異常な盛り上がりはないだろうと思われる。ただ、稀勢の里は来場所まで養生して肩の怪我を完治させてほしい。白鵬に明らかに衰えが見られる今、大相撲の中心は稀勢の里に移ったといえるからだ。

(2017年3月26日記)


目次に戻る

ホームページに戻る