新型コロナウィルス禍の影響で、無観客開催という決断を下した八角理事長は、初日のあいさつで土俵上からテレビカメラに向かい、相撲が神事であり邪を祓うものであるということを明言した。開催にあたり、力士が効発熱した場合はすぐに休場させ、新型コロナウィルスによる肺炎であれば途中で中止することも決めた。実際、幕内の千代丸は場所中に40度の発熱で休場し、検査の結果陰性と判明すると、解熱した時点で再出場している。そして15日間、ちゃんと開催できた。大阪のファンとしては年に一度の楽しみであったが、選抜高校野球大会が中止に追いやられたことなどを考えると、よく開催の決断をしたものと拍手を贈りたい。この開催で邪を祓い、コロナウィルス禍が下火になることを祈らずにはいられない。千秋楽では八角理事長は患者への配慮をあいさつに盛り込んだ。
観客のいない土俵は、力士の息づかいや体の当たる音などがはっきりととらえられた。しかし、横綱土俵入りや弓取り式の四股にかかる「よいしょ!」の掛け声や、制限時間いっぱいになった時の盛り上がりなどがない土俵は力士にとってはやりにくかったことだろう。実際、序盤は淡白な相撲が続き、打ち出しの時間も早めだった。しかし、慣れてくると土俵際での粘りも見られるようになり、物言いのつく相撲も増えた。
序盤から鶴竜と貴景勝が取りこぼし、白鵬も10日目に阿武咲ののど輪攻めに体がのびて押し出され、12日目には正代の顔を何度も張ったが脇が空いて中に入られて押し出され、2敗を喫した。それまでの相撲は、かつて技量審査場所など大相撲の危機の際にみせた横綱相撲だっただけに、敗れた相撲との差が激しかった。それでも今場所は露骨なエルボースマッシュやビンタとまがう張り手は見せず、本来の白鵬らしい相撲をほとんどの相手にみせていた。やればできるではないか。
白鵬が2敗目を喫した時点で単独トップに立ったのは平幕の碧山。先場所の徳勝龍の再現かと思わせたが、13日目の隆の勝戦ではがちがちになって何もできず敗れると、残りの相撲は弱気な面が出てしまい脱落した。それでも突き押しの技量が認められて初の技能賞が贈られた。
やはり平幕で優勝争いを盛り上げた隆の勝は積極的に前に出る相撲で12勝をあげて初の敢闘賞。勝ち越しインタビューのにこやかな顔が印象に残る。殊勲賞は白鵬に土をつけた阿武咲。よかった時の力強い相撲に戻りつつある。
序盤はつまづいた鶴竜も、日を追うごとに力強い相撲で白星を重ね、千秋楽に白鵬と2敗同士の相星決戦となった。その一番は両者が力を出し切る好取組となり、白鵬が優勝した。ただ、やはり無観客だとこのようなシチュエーションでも盛り上がらないのは残念。
朝乃山は両横綱との相撲では惜しくも敗れたが、どちらも一方的なものにはならず11勝。来場所の大関昇進は確定的に。ひとり大関となった貴景勝は低く当たる相撲が取れず、特に後半はもろくも押し出される場面が目立ち、千秋楽の朝乃山戦に勝ち越しをかけたが完敗で来場所はカド番に。御嶽海も前半は優勝争いについていったが横綱戦では一方的に敗れて10勝に終わった。しかし、これから大関をまた狙えるだけの力があるところを見せてくれた。
新入幕の琴ノ若は柔らかい相撲で勝ち越し。祖父琴桜も父琴の若もできなかった新入幕での勝ち越しを決めたのは立派。その良きライバルである同部屋の琴勝峰は十両優勝を果たし、来場所の入幕が期待される。
炎鵬は今場所も多彩な取り口で楽しませてくれたが、取り口を研究されて久々の負け越しとなった。
とにかく異常事態をよく乗り切った。観客がいないことがプラスになった碧山のような力士もいれば、炎鵬や照強のように序盤は明らかにモチベーションが下がっている力士もいた。それでも15日間、最後まで開催できたことが今場所の収穫。不測の事態にもぶれずに対応する協会の姿勢に拍手を贈ろう。
さて、来場所はちゃんと普通の状態で公開できるのか。力士たちの力強い四股が邪をはらってくれたと信じたい。
(2020年3月22日記)