異常事態である。番付面では横綱一人、大関一人。横綱照ノ富士は全休のため、上位力士は貴景勝のみ。先場所は優勝決定巴戦に残ったとはいえ、平幕の阿炎に押し出されて優勝を逃している。絶対的強者もいなければ、高いレベルで下位力士を跳ね返す力士もいない。昨年は六場所全て優勝者が変わり、先場所まで2場所連続平幕優勝という事態である。
昨年の初場所に関脇で優勝した御嶽海が大関に昇進したものの1年後の今場所は大関から陥落し平幕に転落している。先場所負け越して大関から陥落した関脇正代は10勝すれば大関復帰も可能だが、大関でできなかった10勝が陥落直後の場所でできるのかどうか。
大関候補と呼べるのは若隆景、豊昇龍といったところだが、決め手に欠ける。新三役の琴ノ若や、先場所優勝した阿炎もそこに加わっていくことになるだろうが、まだ数場所はかかるだろう。逆に、もと大関の高安の方が再大関になってもおかしくない成績をあげている。関脇が4人、小結が4人新三役は琴ノ若と若元春。先場所優勝の阿炎が三役復帰できないくらい、関脇と小結が渋滞気味にいる。
昨年はたまたまその場所に調子のよかった力士が優勝するという感じで、複数の場所で優勝争いをしたのは大関貴景勝と関脇高安だけ。それなのに、この2名は優勝できずに終わっている。幕内力士で年間最多勝を記録した若隆景よりも、幕下のひと場所を含めて十両、幕内にまたがって成績を残した竜電の方が勝利数では若隆景を上回るという「影の最多勝」力士だというのが現実なのだ。もしかしたら謹慎がとけてから勝ち進み、今場所ついに十両に復帰した朝乃山が一気に大関にかけあがってくるかもしれない。
優勝の可能性がある力士は、貴景勝、豊昇龍、高安、琴ノ若、阿炎あたりか。実は先場所直前、私が優勝候補として並べた力士の中に阿炎がいた。バックナンバーを見ていただいたらわかるだろうが、実は自分でも驚いているくらいだ。もっとも逸ノ城と玉鷲は優勝するとは思ってもいなかったので、別に慧眼を誇るわけではない。それくらい優勝力士が予想しづらいということだ。
実は貴景勝は先場所優勝同点だったので、今場所高い成績で優勝すれば横綱に推挙するかもしれないと、横審委員長が会見で述べたが、14勝以上の優勝となると、今の貴景勝ではハードルが高かろう。逆に若隆景あたりが優勝すれば、一気に大関昇進という話になってくるかもしれない。
本当に異常事態で、協会としても早く誰か大関や横綱に昇進してもらいたいのではないか。かつて増位山(息子)が一人大関の場所でかなり低いハードルで大関に昇進したことがあるが、現状はその当時よりも危機的である。そういう意味では関脇で優勝したら即大関というようなことはあり得る。なにしろ番付には東西に必ず大関を置かなくてはならないのだ。照ノ富士は横綱だが、番付上では「横綱大関」となっている。これは横綱が強い大関の称号であり、番付上の地位ではなかった時代の名残として、番付上では大関としても扱えるという解釈ができるからである。しかし、これは緊急措置みたいなものなので、暫定的なものである。
というわけで、私の今場所の見どころは正代が10勝して一場所で大関に復帰できるかどうか、若隆景や豊昇龍が優勝して一気に大関に引き上げられるか、という低次元ながらも実は大関の座の争奪戦がどうなるか、であり、関取に復帰した朝乃山がどれだけ白星を重ねられるか、である。もし阿炎が高い成績で優勝したら平幕から直接大関に、なんてこともあるかもしれない。とにかくこれほどまでに優勝予想が混沌としている状態が続くのは相撲ファン歴50年になろうとする私としても千代の富士引退直後以来のことだが、あの時は曙、貴花田という未来の横綱候補がいた。まず間違いなく将来の相撲会をしょって立つ若手が存在していたのだ。
この危機的状況からいつになれば抜け出すことができるのか。王鵬や琴勝峰には期待していたのだが……。何をもたついている!
豊山が引退。入門当時は三段目付け出しの同期、石橋と小柳の出世競争でわくわくさせてもらったけれど、石橋が朝乃山となり大関にまで駆け上がったのに対し、小柳は豊山というしこ名を継承したにもかかわらず、怪我のせいで大成できなかった。もし怪我がなければ、現状のような危機的な状況は回避されていたかもしれないと思うと、やはり力士にとって、怪我をしない、あるいは怪我と上手に付き合うということの重要性を教えてくれる。先場所の千秋楽、最後の相撲を取り終わった時の表情はもう勝負師のそれではなくなっていた。大成はできなかったけれど、力強い押し相撲で土俵を飾ってくれた。今後は協会には残らず、スポーツトレーナーの道を歩もうとしているという。第二の土俵での体勢を願っている。
逸ノ城がコロナ規制下で無断外出をしていたということで今場所は謹慎。親方夫妻との関係に関しては協会は不問に付しているが、各部屋は独立しているとはいえ、一門、協会の下部組織なのだから、そのあたりの調査や指導も徹底的にやってもらいたかった。それにしても名古屋場所の優勝、あれは何だったんでしょうね。
伊勢ヶ浜部屋で暴力事件が起こり、師匠の伊勢ヶ浜親方が理事を辞任。厳しくも丁寧な指導で名伯楽という評価も高い伊勢ヶ浜親方でも、兄弟子の弟弟子に対する暴力は気がつかなかったということなのだろうか。あまり詳しい情報がファンに届いていない。違う部屋でこう何度も暴力事象が明るみに出ているという事態を、理事長はもっと重く見てほしいし、毅然とした姿勢で指導してほしいものだ。
(2023年1月7日記)