大相撲小言場所


春場所を振り返って〜霧馬山、決定戦で逆転初優勝〜

 中盤までの主役は翠富士だった。初日から10連勝。何をやってもうまくいった。10日目の翔猿戦は、なんと割り出しという力の差を見せつけるような珍手で勝った。テレビのインタビューでは自信に満ちあふれた表情をしていた。しかし、10連勝の直後、師匠にこう言われたそうだ。「勘違いするなよ」と。勢いを止められたのは11日目の若元春戦だった。強引に肩透かしにいったところをつけいられて相手を呼びこんでしまい、押し倒された。12日目の若隆景戦ではのど輪で起こされて出し投げに這った。土俵での表情が変わった。千秋楽の正代戦まで5連敗。終盤は勢いをなくし、自分の相撲を見失っていた。師匠の伊勢ヶ浜親方の言うとおり「勘違い」をしていて、それに気がつかないまま終わったのだ。それでも今場所を盛り上げた功労者であったことは間違いない。ところが、三賞選考委員会は千秋楽に勝てば敢闘賞という、またも条件付き受賞という数字だけで賞を与えるかどうか決めるという手段を選んだ。今場所最高の功労者には何の賞も与えられなかった。今場所もまた、何のために三賞があるのかという意義を問わねばならなくなったのは残念でならない。
 翠富士を追ったのは大栄翔だった。7日目には若元春にかわされて這い、10日目には豊昇龍につかまって翠富士とは2差をつけられた。しかし、それ以外は徹頭徹尾突き押しで攻め、足もよく出て星を重ね、千秋楽には2敗のままトップに立ち、勝てば2度目の優勝というところまできていた。その突き押しの技能が認められ、技能賞の受賞につながった。
 漁夫の利という言葉が適当かはわからないが、ひそかについていっていたのは霧馬山だった。序盤に正代と阿武咲に土をつけられ、7日目には琴ノ若に一方的に寄り切られ、土俵際の逆転も決められず、優勝圏外にいるという様子だったが、中日以降は地力がついたと実感させられる粘りのある相撲で勝ち続け、千秋楽の大栄翔戦には1差で直接対決という展開になった。この技能が認められ、技能賞を獲得した。
 千秋楽結びの一番、大栄翔の突きを土俵際でかわして突き落とし優勝決定戦に持ちこんだ霧馬山は決定戦でも土俵際まで押されながやはり突き落としで逆転勝ち。物言いはついたが、足が俵の上に残っていた。14日目、若隆景の休場で不戦勝を拾ったのが大きかった。ここで勢いを切らすことなく、持ち前の粘り強さで優勝を勝ち取った。中盤まで翠富士に微笑んでいた相撲の神様は、霧馬山に乗り換えた、そんな印象が残った。
 敢闘賞は新入幕の金峰山が11賞で受賞。ここでも新入幕の力士が10勝したら自動的に敢闘賞を与えるという慣例は生きていた。9勝にとどまった北青鵬も、金峰山に負けない印象的な相撲が多く、たとえ10勝に届かなくとも敢闘賞の値打ちのある相撲を取っていた。金峰山との対戦ではがっぷり四つから寄り切りと、力の差を見せつけてさえいたのだ。金峰山の受賞にケチをつけるわけではない。勝ち星の数だけで賞を決めるという風潮に対し、いかにファンを沸かせたかで賞を決めてほしいと希望しているだけである。
 横綱昇進を賭けた貴景勝は正代戦で足を痛め、途中休場。来場所は一転してカド番となる。横綱照ノ富士は全休していたので、大関以上が不在のまま場所が進行する不測の事態となった。そういう意味でも、来場所は霧馬山と大栄翔が大関昇進を賭けることになるだろう。
 大関昇進時の相撲が戻ってきた正代、休場明けながら力強さを取り戻した高安といったもと大関たちが元気な分、御嶽海の元気のなさが際立った。
 十両では逸ノ城が14勝を上げて優勝。13勝で再入幕を確実にした朝乃山ともども、来場所の幕内での土俵が楽しみだ。新十両の落合はしゅうばんに朝乃山にあてられるなどしながら10勝を上げて来場所は幕内を狙えるところまで番付を上げていきそうだ。
 横綱大関不在ながら、来場所以降、新しい大関が誕生することを予感させる、ターニング・ポイントとなりそうな場所で、おおいに楽しませてもらった。

(2023年3月26日記)


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