大相撲小言場所


秋場所を振り返って〜大の里、優勝で大関へ、貴景勝は引退~

 秋場所に入っても猛暑日が続いた。横綱照ノ富士は全休。今場所はとにかく大の里の場所だった。初日から11連勝。優勝争いをしている霧島と10日目に当たったが、相手に何もさせない。12日目に若隆景に敗れた相撲は、まわしを取らずに強引にいって失敗。大の里の課題は、まだちょっと強引さが目立つところ。今は勢いのままに勝っているけれど、もう少し緻密な相撲が取れるようになったら無敵な相撲になるだろう。右も左も強烈なおっつけが武器となり、師匠の二所ノ関親方を彷彿とさせる相撲が取れている。ただ、千秋楽に敗れた阿炎のように、立ち合いの圧力を警戒して変化してくる相手に対してどうとるか。これも強引さからくるもので、落ち着いて相手をよく見ることのできた日の相撲は安心して見ていられた。13勝の優勝は立派なもの。両大関を下した相撲を見ても、現状では二人を上回る力を持っているといえる。個人的にはこんなにすんなりと大関に昇進するのではなく、壁に当たりながらの昇進であってほしかったが、壁になれる力士が照ノ富士以外いない今場所のような場合は、壁に当たりようがない。若隆景戦のような敗戦で、弱点を克服することを自覚していれば問題はないわけだが。敢闘賞と技能賞も併せて受賞は文句なし。ただ、優勝したのだから、敢闘賞より殊勲賞だろう。
 琴櫻は腰高で相撲を取ると、宇良に敗れた相撲のように、下から突き上げられるともろい。豊昇龍は序盤の連敗が響いて千秋楽にやっと勝ち越し。ともに8勝どまりは、上を狙える年齢の大関としては寂しい。
 霧島が先場所までとは見違える相撲で12勝。先場所8勝しているので、来場所13勝すれば再大関という事になるが、それは難しかろうから、今場所が再昇進の起点となるか。前に出る相撲、そしてキレのいい技と、元の姿に戻ってきた。これでも三賞受賞でないというのは、大関から陥落して間がないから、という事だろうか。しかし、場所を盛り上げた力士の一人には違いないので、技能賞を出してもよかったのではないかと思う。
 若隆景が殊勲賞。ふがいない大関に勝っても殊勲賞とはならず、優勝した大関より強い関脇を破っての殊勲賞というのがなんとも言えない受賞ではある。大の里が殊勲賞で敢闘賞が若隆景、ではないのかな。ともかく初優勝したころよりも安定した相撲を取っている。来場所は幕内上位となるだろうが、おそらく今場所同様の安定した相撲を見せてくれるだろう。
 場所を盛り上げたのは錦木。序盤はまだ先場所までの不調を引きずっていたが、白星は最良の妙薬という。勝ち星を重ねるごとに持ち味の出足と四つ身の良さが復活した。敢闘賞は当然の結果。三賞に関しては、今場所は「条件付き」がなかったのもよかった。私がここでぼやき続けていた成果……ではないと思うが、「条件付き」があまりにも多いことを疑問に思う相撲記者が増えてくれているのであれば嬉しいのだが。
 今場所目についたのは、王鵬がかなり力をつけてきたという事。まだ三賞には届くような活躍はできていないけれど、祖父譲りの柔らかい足腰を生かす相撲をとれるようになってきた。来場所あたり一気に開眼するのではと期待してしまう。若元春は大関候補と呼ばれた時の相撲に戻りつつある。来場所は三役復帰か。高安も全盛期の強さを思い出させる相撲を取っていたけれど、腰痛が再発したか、尻すぼみに終わったのは残念。玉鷲は負け越したけれど、連続通算出場記録を更新し、まだまだ元気なところを見せてくれた。宇良は真っ向から押す相撲を再々見せてくれて、これまでの技巧派の印象を覆した。正代も途中で尻すぼみになったけれど、勝った相撲は大関昇進時を思い出させる力強さと粘りで、復調を感じさせた。
 十両では尊富士が格の違いを見せて優勝。来場所、幕内に復帰できるかどうかは微妙なところだが、貴景勝の引退で枠が一つ空いたので、滑りこみそうな感じか。
 とにかく今場所は大の里のための場所、という印象が強く残った。大関昇進は間違いないと思われるので、今度は「負けられない」というプレッシャーとどう戦うか、自身の心が試されることになってくる。

 関脇に陥落した貴景勝が、2連敗後休場し、場所の途中で引退を発表。大関に上がるまでのスピード感あふれる押しは他を圧倒していた。ただ、貴乃花親方の廃業で常盤山部屋に移籍したりと、落ち着かない時期があって、そこらあたりが分岐点となり、体重が増えすぎて切れがなくなったり、首の怪我で思い切って当たれなくなったりして思いのほか早い引退となってしまったのは残念。今後は湊川親方として後進の育成にあたる。ぜひ自身のような出足で勝負できる力士を育ててほしい。怪我に苦しんだ日々はつらかっただろう。お疲れさまでした。

 木村庄之助親方は定年退職。和一郎時代から掛け声や勝ち名乗りなどの発音に特徴があったけれど、差し違えの多いのが気になる行司さんだった。先代の伊之助親方(吉之輔から錦太夫で伊之助を襲名したが、若い行司へのセクハラ事件で退職)の急な退職で思わぬ速さで立行司となり、一人伊之助で長年行司たちをまとめてきた功績は大。もうあの「ことざくうらあ」となぜか語尾にハ行の音がつく発声が聞かれなくなるのは寂しい。差し違えは多かったけれど、憎めぬ人柄の庄之助として記憶に残ることやろう。長い間お疲れさまでした。

(2024年7月28日記)


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