大相撲小言場所


初場所を振り返って〜豊昇龍が王鵬、金峰山の巴戦に勝ち抜き優勝、横綱昇進へ~

 今場所の相撲を引っ張ったのは再入幕の金峰山。先場所の十両優勝の勢いそのままに初日から9連勝。10日目、阿炎に敗れ、12日目には優勝を意識して硬くなったところを豊昇龍に一蹴される。しかし大の里、琴櫻の両大関を下し、霧島をすくい投げで優勝争いから引きずり下ろし、千秋楽に王鵬に勝てば初優勝というところまで行った。今場所の主役は金峰山だったといっても過言ではない。しかし、経験の差が出て、王鵬には何もできずに敗れ、優勝決定戦になった。王鵬は中盤に豊昇龍と琴櫻に敗れ、14日目には霧島に敗れて3敗となったが、自ら金峰山を下して決定戦に持ちこんだ。金峰山には勢いが、そして王鵬にはこれまであまり見られなかった気迫が見られ、大いに土俵を盛り上げた。金峰山は敢闘賞、王鵬は技能賞。そして「優勝したら」という条件付きで殊勲賞候補に上がる。なんという高いハードルの殊勲賞か。今場所の一番の殊勲者は金峰山ではないか。なぜ条件をつける必要があったか。横綱大関に勝った翔猿も、豊昇龍に土をつけた熱海富士、正代、平戸海もみな負け越しているから三賞は出せないのでこうなったといえるかもしれないが、金峰山は文句なしの殊勲賞。王鵬には条件をつけるとしても、「優勝決定戦に出たら」くらいの条件でよかったのではないか。それくらいこの両者は今場所の立役者だったといえるのに。
 豊昇龍は5日目に熱海富士にすくい投げで敗れ、中日には正代に押し出され、9日目には平戸海のはたきに倒れ、一時は優勝争いから脱落したかと思われたが、師匠の「もっと楽しんで相撲を取りなさい」という言葉で優勝や横綱昇進という呪縛から解き放たれた。15日間、徹頭徹尾攻めの相撲で3敗を守り、優勝決定巴戦に持ちこんだのは立派。そして巴戦でも力強い相撲で金峰山、王鵬を倒し、2度目の優勝。12勝3敗での優勝では横綱としては不足という観測もあったが、審判部は緊急理事会の開催を要請し、横綱審議会委員会に昇進の可否をゆだねることになった。現時点ではその結果待ちだが、横綱照ノ富士の引退で空位となった横綱の座を埋めるような形で昇進しそうである。ここ2場所の相撲を見れば、現時点で最強であることは間違いなく、横綱に推挙してもよいだろう。
 敢闘賞候補として霧島、尊富士、玉鷲の3名があがり、千秋楽に勝てば受賞ということになったが、これも不可解。それまでの14日間の相撲は何だったのか。最後まで優勝争いに食らいついた霧島と尊富士は文句なしに三賞を出すべきだった。玉鷲も40歳になってなお若々しい相撲で場所を盛り上げたのだから、条件をつけるのは失礼というもの。玉鷲は敗れ、霧島と尊富士は直接の対戦で勝った方に敢闘賞という過酷な相撲となり、霧島が尊富士を土俵に這わせて敢闘賞。毎場所のように書いているけれど、こういう条件をつけるのは、力士たちの励みになるという三賞の趣旨から外れている。出すなら出す。出さないなら出さない。千秋楽1日の勝敗だけで出す出さないが決まるというのはおかしいと、今場所もまた書くことになった。なんとも残念なことである。条件をつけるなら、なぜそうなったかという理由もあらかじめ公表しておくべきで、三賞の基準というもののあやふやさが、賞の価値を下げていることに気付いてほしい。
 大関陣では、連続優勝で横綱昇進を狙った琴櫻は、場所前の横審の総見の時点であまり調子がよくなかったようだが、場所に入ってからも体が思うように動かず、表情も先場所の厳しいものから、しょぼくれたようなものに変わっていた。連続優勝はおろか、負け越して来場所はカド番となる。いったい何が起こったのか。テレビで見ているだけの私にはまったくわからない。連覇という呪縛にかかってしまったか。中盤盛り返したが、終盤はまた動きが悪くなった。来場所こそ、優勝した時のような動きを取り戻してもらいたい。大の里は序盤、弱点を突かれて優勝争いから早々と脱落し、金峰山にもいいように取られてしまったが、中盤からは本来の圧力を取り戻し、10勝したのはなんとか合格点といったところ。
 関脇の大栄翔は、今場所は前に落ちる相撲があまりなく、11勝。突き押しの威力だけでなく、四つ身になっても対応できる柔軟性が出てきた。大関昇進への起点となるか。逆に、若元春は押されるともろく、負け越し。三役と幕内上位は勝ち越す力士が王鵬と霧島以外になく、来場所の番付編成では、三役の顔ぶれがどうなるか審判部を悩ませることになるだろう。
 平幕では千代翔馬が中盤まで走っていたが、終盤に上位陣と顔が合うと、勝ちたいという気の方が勝りすぎたか連敗して脱落したのは残念。宇良は「伝え反り」の奇手を出すなど土俵を沸かせたが、残念ながら負け越し。伯桜鵬は新入幕時の力強さが少しずつ戻ってきて10勝。来場所以降も期待できる。
 三段目上位に戻った炎鵬が6勝をあげ、来場所は幕下中位にまで番付を戻しそうだ。足取りなど持ち味のケレン味のある相撲は健在。名古屋場所までには関取復帰も視野に入ってくるだろう。
 先場所と違い、平幕力士中心の優勝争いとなったが、大関の豊昇龍の優勝であるべきところに落ち着いた。そういう意味では非常に面白い場所だったといえるだろう。特に久々の優勝決定巴戦はもりあがった。ちなみに王鵬は、祖父大鵬、父貴闘力に続き、三代とも優勝決定巴戦に出場という珍しい記録を作った。

 横綱照ノ富士が引退。満身創痍の中、次の横綱の誕生を待って現役を続けてきたが、ついに力尽きた。私の記憶では54代横綱輪島を見たのが一番古く、20人の横綱を見てきたけれども、その中で一番精神力の強かった横綱ではないかと思う。最初に入門した間垣部屋では親方の二代目若乃花(幹)が病気で指導ができにくい状態。そして部屋をたたんでしまう。そこから伊勢ヶ浜部屋に移り、稽古相手にも恵まれて大関にまで駆け上がるけれど、ひざの怪我や糖尿病で休場が続いて序二段にまで番付を下げてしまう。引退を申し出ても師匠は再起を促し、そこから一気に駆け上がって横綱にまで上り詰めた。おそらく今後もここまでの上り下りの差の激しい力士は出てこないだろうと思う。そして、横綱に昇進後は休場が続いても出場した場所では優勝して横綱の底力を見せつけ、目標としていた通算10回優勝と過去の名横綱、栃錦、初代若乃花(幹)、北の富士などと並んだ。あの白鵬でさえ晩年は「横綱は勝たねばならない」と立ち合いにビンタまがいの張り手、かちあげと称するエルボースマッシュなどおよそ品のない技を繰り出したものだが、照ノ富士にはそういうところもなかった。あくまで自分らしい相撲を取り切ろうという意志が感じられた。立派な横綱だったと思う。しばらくは横綱の特権で照ノ富士親方、そして師匠の定年退職後は伊勢ヶ浜部屋を継ぐということになるのだろう。長い間お疲れさまでしたと、心からねぎらいたい。

(2025年1月26日記)


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