高井信さんの編集するファンジン、「SFハガジン」第130号(2019年6月1日/ネオ・ベム発行)掲載。
電車通勤で困るのは人身事故などで運行が停止することで、そんな時にずっと電車が来なくなったら、それはなぜかなどと考えているうちにできたアイデア。書きあげた直後に「これは昔の福島正実さんの感じに似ているな」と思っていたら、高井さんからは「既視感がある」との評をいただいた。妻は「昔のSFショートショートってこんな感じだった」という感想。自分の血肉になっているものを超えることはできないのかもしれない。
「車両事故のために、運行中止」
駅構内の電光掲示板にそのように表示されていた。駅員たちが右往左往している。
ハンドマイクを持った駅員が、振り替え輸送について説明している。
私は駅員の一人をつかまえて言った。
「北山田駅行はいつ出ますか」
駅員は困ったような表情を浮かべて答える。
「現在、情報が少ないので、どうにも答えようがないんです。申し訳ありませんが振り替え輸送のバスなどをご利用ください」
マニュアル通りの返答だ。私が聞きたいのはそんな言葉ではない。
「北山田に行くのは、この路線しかないんです。めどはついているんですか」
「申し訳ありませんが……」
だめだ。
これ以上の答えは返ってきそうにない。
私は自動改札が開くのをただ待っていた。同じような乗客たちが何人もいる。
三十分ほど待っただろうか。運転再開という表示が電光掲示板の画面に表示された。
「大変ご迷惑をおかけしました。南山田行きが運行再開です。ダイヤが乱れておりますが、ご乗車のお客様はホームにお入りください」
南山田行では方向が違うが、私はとりあえずホームに入り、北山田行の運行再開を待つことにした。
しかし、北山田行の電車は来ない。来るのは南山田行ばかりだ。私はまた駅員に声をかけた。
「北山田行はどうなってますか」
「北山田……ですか。振り替え輸送をご利用いただけませんか」
「北山田に行くのはこの電車しかないということくらいわかっているでしょうが!」
私はいらついて声を荒げた。
「申し訳ありません。北山田行は、まだ再開のめどがついていませんので……」
私は無言でホームに立ち続けた。
こうなったら意地でもここから離れるものか。
「北山田は……」
「無理なのか……」
駅員たちのひそひそ声が耳に入る。
「北山田がどうしましたか」
私は駅員に声をかけた。
「それがどうも、情報が……」
北山田で何が起こっているのだ。私はスマートフォンを取り出し、ニュースサイトを検索した。
「北山田は連絡途絶」
「詳細は不明」
いくら検索しても、北山田で何が起こっているのかわからない。私は会社に電話をかけた。同僚にメッセージを送った。しかし、会社の電話はずっと留守番電話のままだ。同僚からも何の返答もない。
しばらくして駅構内にアナウンスが流れてきた。
「北山田行は本日は運行できません。振り替え輸送をご利用ください」
「誰か教えてください。北山田で何が起こっているんですか」
駅員たちが、いかつい大男を連れてやってきた。
「この人です。どうしても北山田行に乗ると言ってきかない人は」
「ふむ、そんなに北山田に行きたいかね」
「私の職場はそこにあるんだ。今日は大切な仕事をしなければならないんだ」
「そこまでこだわるとは、お前は『あちら』の者だな! そんなに行きたいのなら連れて行ってやる!」
大男は私の腕をつかみ、強く引っ張った。
「何をする!」
大男は抵抗する私をものともせぬ怪力で引きずり、一両だけの電車に投げ込むようにして乗車させた。
「その電車は自動運行車だ。北山田までノンストップで送ってくれる」
ドアが閉まると、その電車は勢いよく走りだした。
「待ってくれ! 北山田で何が起こっているんだ?」
私の問いかけに答えるものは誰もおらず、電車は北山田に向かい走り続けた。
私はスマートフォンを取り出してニュースサイトを検索した。しかし、北山田という町の名は抹殺されたかのように「検索結果なし」という表示しか画面には出てこなくなっていた。
「何が起こっているんだ……」
電車は北山田に向かって走り続けていた。しかし、そこにはもう北山田などという場所はあるのだろうか。私は電車の床に腰を抜かし、ただ震えて行く手をぼんやりと見つめていた。
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