夢バイト


作品解題

 高井信さんの編集するファンジン、「SFハガジン」第126号(2019年3月日/ネオ・ベム発行)掲載。
 ファンジンとはいえ、梶尾真治、井上雅彦、斎藤肇、江坂遊、草上仁といったそうそうたるメンバーが寄稿しているもので、そろそろお話を作る頭に戻したいと考えていたところ、いいタイミングで書けたので、寄稿。没になるかもしれないとおそれていたのだけれど、高井さんはそのまま掲載してくださった。ありがたいことです。「星の種」以降、ちゃんとまとまったものを書いてなかったのだけれど、アイデアメモだけはそこそこたまっていた。実はこのアイデアは全く別の展開になるネタだったのだけれど、「異世界転生」もののアニメをいやというほど見ていて、それらに対する私なりのアプローチをしようとしていたのとうまくくっついた。商業誌ではないけれど、プロの作家による同人誌ということで、私としては商業誌に準じる存在なのが「SFハガジン」です。


目が覚めたら荒れ野にいた。
「ぐるるるる」
 のどが鳴った。およそ人の出す音ではない。手を見る。足を見る。とがった爪の生えたねじくれた不格好な四本の指が、太くて短く硬い鱗におおわれた腿が、俺の目に映った。
 これは夢だ。夢に違いない。きっとラノベの読み過ぎでこんな夢を見ているのだ。それにしても、夢ならもう少しまともなものに転生してもよさそうなものだ。明らかに俺は魔物に転生している。ラノベなら、たいていは勇者に転生してかわいい女の子たちとパーティを組んで幸運が重なり大成功するのだ。ならば夢の中だけでも勇者でいたいではないか。
視界に銀色に輝く鎧兜に身を固めた勇者が入る。魔法使いのマントを着たアイドルのような少女、宝塚の男役のようにスタイルのよい美しい武闘家、陶製の杖を手にした白衣の尼僧が勇者のそばで構えている。
 武闘家は俺に向かってまっしぐらに駆けて来た。頭の真上に衝撃が走った。彼女の蹴りがまともに入ったのだ。
「ぐえらぎえらぐげげげ」
 俺はなんとも形容しがたい奇怪な叫び声をあげてぶっ倒れてしまった。そして、喉笛を武闘家の突きが襲い、俺の意識は次第に薄れ、やがて何もわからなくなっていった。

「おはようございます」
 山本さんがにっこり笑ってベッド状の装置から俺を起こしてくれた。俺は顔をすっぽりと覆ったマスクをはがした。
「何ですか、今の夢は」。
「よけいなことを言わずに、検査室に行ってくださいよ。データを取りますから」。
 俺はそのまま医務室に連れていかれ、血圧をはかられたり、脳波や心電図の検査を受けさせられりした。
「うむ、今のところ数値は正常。安心してください」
 医者が山本さんに言う。
 俺は貧乏大学生で、山本さんはおれのアルバイト先の社員だ。俺の仕事は夢を見ること。「ブリリアントVR」という名の会社で、究極のヴァーチャルリアリティとして人為的にシナリオ通りの夢を見せるという実験を行っている。夢の関する仕組みはまだまだ解明されていないので、なかなかそれは難しいそうだ。なので、アルバイトに新製品の被験者としていろんな夢を見せ、ちゃんとした製品になるかテストしているのだ。
「夢を見ているという意識はありましたか」。
「まあ、それはありました」
「被験者だという意識はありましたか」。
「あ、それはなかったと思います。いきなり荒れ野に放り出された感じで」
 山本さんはふむふむと言いながらタブレットに記録していく。
「夢だと思うのはまずいなあ。リアルにその世界にいるという感覚でないと。うーむ、改良の余地があるか」
 時給がよいからこんなアルバイトをしているけれど、こうやって夢から覚めるたびに俺は変な気分になる。素晴らしい夢でも、今日みたいな悪夢でも。目覚めると現実の世界の退屈さやしんどさなどが増幅して感じられるのだ。
「もう少しで商業ベースに乗るところまで行くと思うんだけれどねえ」
 ぶつぶつとつぶやきながら、山本さんはさらにいくつか質問をしてくる。それらに答えたあと、俺は言った。
「これ、リピーターは少ないと思いますよ」
 誰が現実に戻った時のむなしさを感じるために金を払ってまでして夢を見るものか。俺はバイト料が出るからまだ続けられるんであって、これが商品化されても絶対にこんな装置で寝たりするものか。
「大丈夫だよ。そこは君が心配するところじゃない」
「だいたい魔物になって殺される夢なんて誰が見たがるんですか」
「それは満たされた生活をしている人に向けた商品として開発しているやつだ。実人生で何事もうまくいっている人に挫折を楽しんでもらうという企画で。まあニーズというのは作るものさ」
 会社を出ると、外はすっかり暗くなっていた。作り物めいた満月が夜空に浮かんでいる。
 金も彼女もなく先が見えないという現実のほうがよほど悪夢みたいだ。魔物としてあっさり殺されるほうがかえって気楽かもしれない。
「明日また、あの夢を試させてもらおう……」
 俺はなぜだかうきうきした気分になって下宿に向かって自転車をこぎはじめた。


メールはこちらまで。どうぞよろしく。


目次に戻る

ホームページに戻る